薄幸の少女ノノンの長い夜が続いている。
当初は、いつも通り勝てていた。
しかし、借金を完済できる額に手が届こうというところで、まさかの負け。
その後も彼女は勝負を続けていくが……。
「へへ、また俺の勝ちだなぁ。運が向いてきたぜ」
「そ、そんな……」
あれだけあったはずの資金が、気付けば最盛期から半分になっていた。
信じられない出来事の連続だ。
「ほら、チップを寄越せ」
「……はい」
ノノンは、ロッシュに負け続けた。
最初の頃はなんとかなっていたが、途中からはボロ負けだ。
いくら真剣にやっても、負けるときは負けてしまう。
それがギャンブルというものだ。
だが、ノノンは諦めなかった。
彼女は、勝つことを望んでいた。
(一度はあそこまで勝ったのです。最初の資金から比べれば、まだまだ勝っていることに変わりありません。全然余裕です。次はきっと勝てるはずです。きっと勝てるはず……)
彼女は何度も勝負を続けた。
「ちっ。これは俺の負けか……」
「よしっ! やった! やりました!!」
勝負は時の運。
彼女が勝利を収めることもあった。
だが……。
「へへっ。残念だったなぁ。さっきの勝ちもこれでチャラか」
「くぅ……。なんでですかぁ……」
繰り返す内に、その少ない勝ち分さえも失われていく。
そして、気がつけば大負けを繰り返していた。
「そろそろ終わりにしねぇか? これ以上続けても無駄だと思うぜぇ?」
「……」
「なあ、嬢ちゃんよぉ。もう十分だ。最初の資金に比べれば、まだかろうじて勝っているだろ? ここらが潮時じゃねえのか?」
ロッシュが心配するような声色でそう言う。
完全にノノンを格下扱いしている口調だ。
ノノンに通常の判断力が残っていれば、彼の忠告を素直に受け取って帰っていただろう。
実際、最初の資金から比べれば多少は増えているのだ。
その資金自体も貰い物だということを考えれば、ここで撤退することに何の損失もない。
だが……。
「……いやです」
「ん? 何か言ったか?」
「いやです! 絶対にあきらめません!」
ノノンが叫ぶ。
今の彼女は、『一度は到達した、借金を完済できる一歩手前の状態』が判断基準となっている。
そこから大きく勝ち分を減らした現状で撤退するなど、どうしても受け入れ難かった。
これは、彼女が特別に愚かだからというわけではない。
人間というものは、それほど単純に損得を計算できないものだ。
そしてその感情をうまく利用して場を操作するのが、このロッシュという男だ。
「そうは言ってもなぁ……。そろそろ日が明けるぞ」
「……うっ……」
「今から失った金を取り戻すことなんてできねえぜ。時間がねえからな」
ロッシュが淡々と言う。
一見すると、『熱くなりすぎているノノンを窘め、勝負を仕切り直す』という親切な行為にも見える。
だが、もちろんそんなことはない。
彼は『闇蛇団』の頭目ロッシュ。
”ギャンブル王”の二つ名を持つ。
彼にとって、世間の厳しさを知らない少女の感情を揺さぶり思いのまま操るなど容易いことだ。
最初に彼女へ資金を提供した男や、彼女に連敗して大金を渡した参加者たちももちろんグルだ。
それに、初日に彼がノノンに大敗したのも仕組まれたことである。
「……レートアップです」
「あん?」
「もう一度レートを上げれば朝までに取り返すことができます。仕切り直させてください」
「はぁ……仕方ねえな」
ロッシュは、呆れたように溜息を吐きながら承諾する。
だが、内心では笑いが止まらない。
(へへっ、馬鹿な奴だぜ。素人が俺に勝てるわけねえだろうが。演技にコロッと騙されやがって。ま、これでもう終わりは見えたな)
こうして、再び勝負が始まる。
「……ブタです……」
「俺はツーペアだ」
結果は、やはりノノンの惨敗。
「……ぐすっ……」
「へへ、これで嬢ちゃんの手持ちは『ゼロ』だな。もう諦めろ」
「ぐすっ……いやです……」
(さて、そろそろ仕上げだな。俺にここまでさせたんだ。きっちり稼がせてもらおうか)
ロッシュはノノンに近付き、彼女の顎を持ち上げる。
「嬢ちゃん、大人を舐めちゃいけねえ。賭けるものがなければ、ギャンブルには参加できねえんだよ」
「……でも……」
「だがな、まだ方法は残っている。嬢ちゃんが着ている服だ。見たところ銀貨1枚にもならねえ安物だろうが、特別に1着あたり金貨1枚分のチップとして買ってやるよ」
「……え?」
ノノンの表情が固まる。
「だから、せいぜい頑張りな。こいつらも、この勝負には注目しているんだ。負けたらこいつらに裸を晒すことになるぜぇ?」
「「「げへへへ……」」」
観戦者の男たちが下卑た笑いを漏らす。
「…………」
ノノンは黙ったまま俯く。
「おい、返事はどうした!?」
「ひっ……」
ロッシュがノノンの肩を掴んで怒鳴る。
彼のその姿からは、初日でノノンに惨敗したときの滑稽さや、先ほどまでの優しそうな様子は微塵も感じられない。
「わ、分かりました。その条件でいいです」
「は? その条件でいいです、だと? 言葉には気をつけな。こっちはそのボロ布を1着金貨1枚で扱ってやろうってんだぜ?」
「お願い……します……。わたしとその条件で勝負してください」
「はっ! 最初からそう言っとけばいいんだよ! おい! 出入り口を封鎖しておけ! 万が一にも逃げられねえようにな!」
「「へいっ!」」
ロッシュが指示を出すと、部下の男たちが出入り口を固めた。
薄幸の少女ノノンの悪夢は、まだまだ始まったばかりだった。
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