その影は、堂々たるたてがみを有していた。
筋骨隆々とした四肢、威風をまとった姿。
だが、何よりも異様だったのは、その目。
常の獣とは違い、不自然なほど大きく、白夜の淡光を吸い込むように妖しく輝いていた。
「さっそく来ましたか……。これが一体目です。さて、どんな力を見せてくれるのでしょう?」
言葉を口にした瞬間、ミティの足元に亀裂が走る。
彼女が地を踏みしめたのだ。
ただの一歩で、地が軋む。
構えた大槌が、静かに、しかし確実に空気を変える。
軽やかなその身体に宿るのは、山を砕き、谷を穿つ力――それは、剛という言葉だけでは語れない、重く沈んだ存在そのものだった。
白夜湖がまたひとつ、戦いの夜を迎える。
湖岸の影が、ぬるりと動いた。
四足で這うように進むそれは、地球におけるライオンにも似た輪郭をしていた。
サザリアナ王国にも、似たような魔物はいるし、ミティも戦ったことはある。
だが、この妖獣は少しばかり様子が異なっていた。
背中には燃えるような色の毛がそびえ立っており、喉元からは時折、青い燐光が漏れる。
空気が重くなるほどの熱を孕んだ息遣い――
「火炎系の妖獣ですか。それに、筋力も凄まじそうですね。最初からこのレベルの妖獣が出てくれるなんて、嬉しい限りです」
ミティはゆっくりと笑った。
唇の端が上がるその表情には、恐れも逡巡もない。
ただ純粋に、自分の力をぶつけることができる悦びが浮かんでいた。
「ゴアアアアァッ!!」
猛獣が咆哮した。その声は地鳴りのように響き渡り、湖の水面に波紋を走らせる。
同時に爆ぜるような熱風が周囲を巻き、土を巻き上げながら、灼熱の息を伴って突進する。
青白い火炎が風を裂き、空間そのものを焦がすように一直線に吐き出された。
その瞬間、彼女は地を蹴った。
踵が一瞬だけ地を掠めた後、信じがたい加速で宙を舞い、炎の帯を紙一重でかわしていく。
しなやかでいて力強い動きは、まるで風を操るかのようで、軌跡にさえ火が届かない。
そして――
「はぁっ!」
低く絞り出した声と共に、大槌が振るわれた。
空気が震え、質量を感じさせるその一撃は、まるで重力すら一瞬ねじ伏せたかのようだった。
大地が悲鳴を上げて割れ、飛び散る破片が湖へと転がり落ちていく。
衝撃波が湖岸を走り、妖獣の脚がぐらりと沈んだ。
「力はあるようですが、動きが素直すぎます。ここに常人は寄り付かないそうですし、対人戦の経験が少ないのは仕方ありませんが」
冷静な観察と共に、ミティはさらに一歩踏み込む。
瞳にはすでに勝機の光が宿っていた。
肩口から振りかぶられたハンマーが、弧を描きながらその巨大な質量を預けて落ちていく。
「ビッグ……ボンバー!!」
短い息を吐き、地を砕くような一撃を叩き込む。
音では表現できない爆発のような衝撃が走り、妖獣の巨体がたまらず地に叩きつけられる。
だが、その巨体は崩れなかった。
倒れるどころか、すぐに起き上がる。
体表の温度が上昇し、背の剛毛が蒼く、妖しく輝き始めた。
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