タカシ、月、花が眠りについて2時間ほどが経過した頃。
「ん……」
タカシが目を覚ます。
「……ん? 気配の数が……」
彼は違和感を覚えた。
同じテント内では、月と花が穏やかに眠っている。
これは問題ない。
そして外では、焚き火を周りに2人の気配がある。
1人は、雪月花側の見張り担当である雪だ。
もう1人は、ヤナギ側が出した見張り担当だろう。
これは相談して決めた通りになっているので、理解できる。
問題は、ヤナギ側のテント内で寝ているはずの5人の気配がなかったことである。
「まさか、何かあったのか?」
タカシはすぐに起き上がる。
そしてテントから出て、焚き火の前にいる雪に近づいていく。
「雪、何か異変は――」
彼が声をかけようとしたところで、雪の体がぐらりと揺れた。
そのまま地面に倒れる。
「お、おい! どうした!? 何があった!? しっかりしろ!」
タカシは慌てて雪を抱き起こす。
見ると、彼女の顔からは血の気が引いていた。
呼吸も浅く、荒くなっている。
(毒か? だが、一体誰が?)
雪の症状を見て、すぐに考えられる可能性は毒殺だ。
タカシは警戒しながら周囲を見回す。
すると、そこには見覚えのある男の姿があった。
「ヤナギ、まさかこれはお前が!?」
「……」
ヤナギはタカシの声を無視している。
中性的だが非常に整っている顔を伏せ、タカシの方を見ようとしない。
「なんとか言ったらどうなんだ!」
「あ、あんまり怒鳴らないでいただきたいですねぇ……」
「そんなことを言っている場合か! 状況を説明しろ! 場合によっては……」
倒れた雪。
行方をくらませているヤナギ以外の男たち。
何が起こっているのか全く推測できないが、最も怪しいのがヤナギであることは確かなように思われた。
タカシはヤナギを睨む。
「た、食べ合わせが悪かったんですよぅ……。タカシ殿がくださったのは、スピーディーバッファローの肉でしょう?」
「ん? ああ、確かそうだったかな……」
タカシは、モニカやゼラに用意してもらった食事をアイテムルームに収納している。
元となった全ての食材を把握しているわけではない。
だが、スピーディーバッファローの肉はハイブリッジ家の面々が好んでよく口にする食材だ。
それぐらいの判別は、タカシにもできる。
「スピーディーバッファローの肉が傷んでいたのか?」
「いえ、そうではありません。私たちが森で採取してきた木の実の中に、スピーディーバッファローの肉と食べ合わせが悪いものが含まれていたのですよぉ。うっかりしていましたぁ……」
「なん……だと……!?」
タカシは驚きのあまり絶句してしまった。
しかし確かに、普段は何気なく食べているもの同士にも、食べ合わせが悪いものは存在する。
地球で言えば、『スイカ+天ぷら』とか『うなぎ+桃』あたりが有名だろうか。
こちらの世界は地球における物理法則に加えて、魔力や闘気という概念も存在する。
そして当然、動植物も似て非なるものばかりだ。
地球にはない食べ合わせの悪さが存在していることに不思議はない。
「そのせいで、雪はこんな状態に?」
「はいぃ……。良かれと思って彼女に木の実をお分けしたのですが、それが悪かったようですぅ」
「……」
晩ごはんでは、ヤナギたち一行と雪が最後まで食べていた。
一足先に食べ終えていたタカシ、月、花は、この難を逃れたというわけだ。
「そして、実を言えば私やパーティメンバーもかなりのピンチでしてねぇ……。彼らも離れたところで苦しんでいるはずです」
ギュルギュルグルルルゥ~。
ヤナギの言葉を証明するかのように、彼の腹から音が響いた。
「……俺の聞き間違いじゃなければ、今の音は……?」
「い、言わせないでくださいよぉ! 私のおなかの音です!」
ヤナギが真っ赤になって叫ぶ。
「…………」
タカシは反応に困っている。
いくら中性的なイケメンとはいえ、野郎の腹の音を聞いて喜ぶ趣味はなかったからだ。
そうこうしている内に――
ギュルギュルグゴォオオオッッ!!
「ぐっ!」
「おわぁ!?」
強烈な爆音が鳴り響く。
それは、ヤナギの腹から発せられた音だった。
「も、もう限界ですぅ! 夜営の番として踏みとどまってきましたが、もう我慢できません!」
ヤナギが勢いよく立ち上がる。
「おい、どこに行くつもりだ!?」
「物陰に行くだけです! とにかく、後はよろしくお願いしますよぉおおおっ!!」
ヤナギは叫びながら走り去った。
腹にあるものを出しに行ったのだ。
夜の森を1人で歩くのはそれなりに危険なのだが、野営地の近くで致すことは避けたかったらしい。
一晩限りの野営地とはいえ、近くで致せば音や匂いが周囲に届いてしまう。
ヤナギや彼のパーティメンバーは、そのあたりに配慮したようだ。
「……まぁ、あいつらもCランク冒険者ではあるし、なるようになるだろう。それよりも、俺が対処するべきは……」
タカシは状況を整理する。
ヤナギたち一行は、腹痛で野営地を離れた。
荷物などは置いているので、そのまま旅立つのではなく、腹痛が収まり次第戻ってくるつもりだろう。
彼らは放っておいていい。
そして、テントの中には月と花が眠っている。
彼女たちには腹痛症状が出ていないので、このまま眠っていてもらえばいい。
残る問題は――
「雪、大丈夫か?」
タカシは、抱き抱えている雪に声を掛けた。
「はぁっ、はぁっ……。うう……、お腹が痛い……」
雪は辛そうな表情を浮かべ、そう言ったのだった。
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