借金漬けの少女ノノンは、ギャンブルデビューの初日に大勝した。
それにより自信を深めた彼女は、それからもちょくちょくとカジノに通い続ける。
さすがに初日ほどの稼ぎを得られることはなかったが、それでも着実に勝利を重ねていった。
「ふう……。今日はこのぐらいにしておきましょうか」
その日、ノノンはポーカーで若干の儲けを出した。
切り上げて帰ろうとしたところで、男に呼び止められた。
「嬢ちゃん、ちょいと待ちな」
男は総支配人のロッシュ。
ドレッドヘアーで威圧感のある男だ。
「何でしょうか?」
ノノンが尋ねる。
初対面時こそ、彼女は威圧感に押されていた。
しかしその後の勝負で大勝を収めたことにより、かなり慣れてきている。
「実はな。ちょっと頼みたいことがあるんだよ」
「えっと……何でしょう? できることであれば、協力しますけど……」
ノノンはやや上から目線だ。
ギャンブルの世界は実力主義。
彼女から見れば、総支配人のロッシュですらやや格下の存在に思えるのだろう。
自覚はないが、彼女は調子に乗っていた。
最初に彼女を連れてきた男やロッシュ、それに周囲の客たち。
その全てが彼女を褒め称えるか、あるいは尊敬や嫉妬の感情を向けていたことも、彼女の増長に拍車をかける。
「嬢ちゃんは強い。それはもう十分にわかった。だからさ……」
ロッシュの顔が邪悪に染まる。
「俺と再戦してくれないか?」
「ふぇ?」
「俺は”ギャンブル王”ロッシュ。負けたままじゃ終われねえんだ。いいか? 嬢ちゃん」
「えっと……でも……」
今日はそろそろ終わりにしようかと思っていたのだ。
急に言われても困ってしまう。
「そこを何とか頼むぜ。ほら、見ろ。今日は資金をたくさん用意している」
ロッシュはテーブルの上に、ずらりと金貨を並べた。
さらに、ずっしりとした袋も置いた。
ノノンがこれまでに得た金よりも、ずっと多いだろう。
(……ごくり。あれを全部手に入れられたら、ついに借金を全て返せます! そうしたら、またお父さんやお母さんとお出かけできますね……)
ノノンの頭の中に、かつて親子3人で仲良く出かけた思い出が浮かんだ。
それはとても甘美なものだった。
今までに得た金は、まだ返済に充てていない。
高レートのギャンブルに臨むにあたり、軍資金は少しでも多い方がいいからだ。
ロッシュとの勝負でもし大勝できれば、いよいよ借金の完済が見えてくる。
(ギャンブルはやっぱり怖いです。長い目で見れば私が負けることはありませんが、万が一という可能性もありますし……)
自分が負ける可能性を考慮に入れているという点で、ノノンはまだ冷静に見えるかもしれない。
だが、長期的に見れば自分が勝てると確信してしまっている時点で、やはり彼女の精神はギャンブルに慣れすぎてしまっていた。
「お願いだ! 俺にチャンスを与えてくれ!」
「うぅ……。わかりました。やりましょう!」
「よしきた!」
結局、ノノンは勝負を受けることにした。
「それでは、勝負開始だ!!」
ロッシュが宣言する。
さっそくディーラーによってカードが配られる。
「わたしの手札はこれです」
「俺はこれだよ」
2人が手札を見せる。
ノノンはツーペア。
対して、ロッシュはフルハウスだった。
「へへへ。嬢ちゃんの役じゃ、フルハウスには敵わねぇなぁ」
「そうですね。残念ながら、わたしの負けですね」
「ああ、嬢ちゃんの負けだ。さあ、チップを寄越しな」
「はい」
ノノンが負けた分のチップを渡す。
勝負はまだ始まったばかり。
これぐらいの負けは、まだまだ許容範囲だ。
「次の勝負に行きましょう」
「おうよ」
ノノンとロッシュは、再びゲームを開始した。
「フォーカードです」
「なにっ!?」
「ストレートフラッシュですっ!」
「バ、バカな! この俺がまたしても……」
最初こそノノンが負けたが、その後は順調に勝ちを重ねていく。
そして、ロッシュの資金が半分を切ったときだった。
「……なあ、嬢ちゃん。ちょっと賭け金を釣り上げないか?」
「え? どういうことですか?」
「このままだと、いつまで経っても嬢ちゃんが勝っちまう。せっかくの大勝負なんだ。もっと熱くならないと損だろう?」
「確かに、それはそうかもしれませんね」
ノノンは内心でほくそ笑む。
どうやら、ロッシュは自分の実力をまだ信じているようだ。
レートを上げたところで、実力の差は変わらない。
むしろ、負けるペースが早まるだけだというのに。
「なら、もうちょい上げてもいいんじゃないか?」
「……わかりました。それでいいですよ」
ノノンが答える。
すると、ロッシュの表情が明るくなった。
「おお! ありがとうな。嬢ちゃん。恩に着るぜ」
「いえいえ。勝負はこれからですから。がんばりましょう」
2人の勝負は加熱していく。
レートを上げてからも、ノノンの優勢に変わりはない。
ロッシュの資金が見る見る内に減っていく。
そして……。
(ついに……ついにこの時が来ました!!)
ノノンの目の前に積まれた大量のチップ。
これまでの稼ぎとは比べ物にならない量だ。
「ふふふ。次で最後ですね。わたしが勝った分は、必ず精算してもらいますよ?」
「ぐぬぅ……。この俺がここまで追い詰められるとは……。だが、勝負は最後までわからねえ!」
ロッシュが最後の勝負を宣言する。
2人は同時に手札を公開する。
ノノンはフォーカード。
かなり強い役で、普通ならまず負けることはない。
だが……。
「へへ、危ねえ危ねえ。首の皮一枚繋がったぜ」
対するロッシュは……ロイヤルストレートフラッシュだった。
「な、何ですって!?」
「悪いなぁ嬢ちゃん。これも時の運。さ、次の勝負に行こうぜ」
「……はい」
これで勝てれば、ギャンブルの世界から足を洗えたのに。
ノノンは落胆する。
(でも、また勝てばいいだけですよね。なに、奇跡は二度も起きません。だいじょうぶ、だいじょうぶです……)
自分に言い聞かせるように呟きながら、ノノンは勝負を続行する。
彼女にとって、長い悪夢の始まりだった。
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