「――紅葉、大丈夫か? ちゃんと付いてこれているか?」
深読藩の森を抜ける山道を歩きながら、俺は隣を行く紅葉に声をかけた。
道は荒れ果て、長い年月をかけてむき出しになったであろう木の根が足元を脅かす。
湿った落ち葉がぬかるみとなり、わずかに踏み込んだだけでも足を取られそうになるほどだ。
ちらりと横目で彼女の足元を確認すると、白い足袋はすでに土にまみれ、くすんだ色へと変わっていた。
旅路の厳しさを物語るように、裾には泥が跳ねている。
それでも、紅葉は文句一つ言わず、俺の少し後方をしっかりとついてくる。
小柄な身体に似合わぬほどの強い意志を秘めた瞳が、真っ直ぐ前を見据えていた。
「も、問題ありません」
紅葉はそう答えたものの、その額にはうっすらと汗が滲んでいる。
息遣いもわずかに乱れ、袖口をぎゅっと握りしめている様子から、無理をしているのが見て取れた。
俺と共に行動するために無理を押してついてきたのは分かっているが、だからこそ余計に気になる。
那由他藩で確保した人質は、紅葉が率いていた20人程の侍や少女忍者たちに引き渡した。
少しばかりの不安はあるが、彼ら彼女らの実力を思えば大丈夫だろう。
それぞれが元より優秀なうえ、俺の加護(微)を受けている。
那由他藩の武僧たちが襲撃して人質を奪い返そうとしたところで、そう簡単に成功するはずがない。
――いや、仮に奪い返されたとしても、別に大きな問題はない。
そもそも、俺が人質を取ったのは戦力を削ぐためではなく、単に反抗の芽を摘むためだ。
いざとなればもう一度攻めればいいだけの話である。
「高志様に頂いた御力があれば、これぐらいの山道など、どうということはありません……!」
紅葉が静かに、だが力強くそう言う。
その言葉にも一理ある。
俺は彼女に、通常の加護を付与した。
その恩恵により、各種のステータスは3割向上している。
彼女はそこらの一般人よりもはるかに健脚だ。
体力ステータスの向上は、こうした険しい山道を踏破する上で確実に役立つ。
脚力ステータスの強化は主に瞬発力に影響を与えるが、足場の悪い斜面でも踏ん張りがきくようになるし、間接的には長距離移動に貢献してくれると言っていい。
MPや魔力のステータス向上は、一見すると山道の踏破には関係がなさそうに思える。
しかし、魔力は単なる魔法行使のためだけのものではない。
無意識のうちに身体強化へと転化されることもあり、彼女自身が意識せずとも、肉体の負担を軽減する働きをしている可能性がある。
そういった要素を考えれば、加護が彼女の健脚ぶりに一役買っているのは間違いない。
……とはいえ、それらの恩恵を差し引いたとしても、この山道が厳しいことに変わりはない。
標高が増すごとに足元の土は緩み、岩肌が露出した箇所では慎重な足運びを求められる。
道幅も狭まり、わずかな油断が命取りになりかねない。
ましてや、空気の薄さや湿度の変化は、どれほど鍛えた肉体でも容赦なく蝕んでくるものだ。
加護によって強化された身体を持つ紅葉ですら、この道を容易に進めるとは言い難い。
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