タカシが借り切りにしている高級宿屋の最上階の一室にて、ナオミが寝過ごしている。
レインは、ナオミの服を脱がして下半身をマッサージし、来るべきときに備えて”臨戦態勢”にしておいた。
そしてしばらくして、ついにナオミが目を覚ます。
「ん、んん……。朝……?」
彼女は寝ぼけ眼で周囲を見回す。
「あ、ああっ! 寝坊しました! なんという失態!!」
昨晩は、彼女の新しい主であるハイブリッジ男爵の元に泊まったのだ。
それも、当主と古参メイドからマッサージまでしてもらった。
いつの間にか寝てしまっていたらしい。
その上、寝坊までしてしまった。
日の角度から考えて、いつも起きている時間よりも明らかに遅い。
彼女は慌てて、部屋から飛び出しかける。
だが、自分が下着姿であることに気づいてハッとする。
「あ、あれっ!? なんでアタシこんな格好にっ!?」
慌ててベッドから飛び起きようとした。
だが、そこで自分の股間がぬめった感覚を覚える。
「えっと……。あっ……。まさか……。そんな……」
ナオミは顔を真っ赤にしながら、ゆっくりと自身の下半身へと視線を落とす。
するとそこには、予想通りの結果があった。
「あ、アタシ、こんなことを……」
ナオミは恥ずかしさから、シーツで顔を隠すように俯く。
彼女は昨晩、タカシやレインのマッサージにより、何度も昇天させられた。
その結果、意識を失うようにして眠りに落ちてしまった。
さらにはいやらしい夢を見て、朝から股間を濡らしてしまっているのだ。
まぁ、実際にはレインのせいなので、彼女が特別いやらしいわけではないのだが。
「ど、どうしよう……」
彼女は狼狽する。
騎士見習いに過ぎない自分を登用してくれたハイブリッジ男爵。
その当主自らと古参メイドからマッサージを受けたまでは、百歩譲っていいだろう。
当主直々の申し出を断るのは、それはそれで不敬だからだ。
その後の寝落ちは少しマズイ。
終わった後のお礼を怠り、ぐうぐうと寝てしまったのだから。
それでも、次の日の朝一にお礼を言えればセーフだった。
しかし現状は、お礼も言えていないまま明らかに寝坊し、さらには股間を濡らしてパンツを汚してしまっている。
「こ、このままじゃ、クビになっちゃうよぉ……」
彼女は泣きそうな声で呟いた。
彼女の感覚では、すでにあり得ないほどの失態を積み重ねていたからだ。
ここはせめて――
「は、早く着替えないと!」
ナオミは急いで服を着替えようとする。
失敗してしまったものは仕方ない。
今できる最善は、少しでも早く当主の前に赴き、許しを請うことであった。
――まぁ、肝心のタカシは一切気にしていないのだが。
「アタシの服は……」
ナオミは部屋を見回す。
服はすぐに見つかった。
少し離れたところに掛けてあったのだ。
ただ、慌てていたナオミは、そこに駆け寄る際に足を引っ掛けて転んでしまう。
「痛たっ……」
ナオミは床に倒れ込む。
幸いにも、彼女にケガはない。
「――って、ああっ!!」
彼女の視線の先にあるもの。
それは、調度品を置くための棚だ。
そしてその上には、いかにも高そうな壺が置いてある。
いや、置いてあったと言った方が正確か。
ナオミが転んだ際の衝撃で、その壺は今まさに落下しようとしていた。
「――っ!!!」
ナオミは必死に手を伸ばす。
だが、残念ながら彼女の手は届かない。
ドンガラガッシャーン!!
派手な音を立てて、壺は割れてしまった。
破片が周囲に散らばる。
「あぁ……」
ナオミは青ざめた表情で呟く。
当主からマッサージを受け、礼も言わないまま寝落ちし、翌朝寝坊し、パンツを汚し、そして極めつけに高価な壺を落とし割る。
ナオミの人生は、ここで終わりを告げるかもしれない。
(ど、どうしよ……。どうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよ)
彼女は頭が真っ白になる。
これほどの失態だ。
登用の取り消しは免れないだろう。
その上で、壺の弁償も求められて当然だ。
返済するためには働く必要があるが、このタイミングで騎士見習いとして騎士団へ入ることは難しいかもしれない。
なにせ、一度は辞めた身なのだから。
騎士見習いとして鍛錬に励んできたナオミには、その他の特技などない。
娼婦になって返すぐらいしか選択肢は思い浮かばなかった。
(どうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよ)
借金漬けになり娼婦として働く……。
一見すると最悪の事態だが、実はまだマシな部類である。
平民に過ぎないナオミが、男爵であるタカシにこれほどの無礼を働いたのだ。
その場で不敬として処刑された上、その家族にまで累が及ぶ可能性すらある。
(ど、どどどどど、どどどどど、どうしよう!?)
ナオミは半狂乱になっていた。
殺されてしまう可能性を考えれば、いっそ窓から逃げてしまうのもありかもしれない。
だがその場合は、残された家族が罪に問われる。
ナオミは恐怖と絶望感に打ち震えつつ、その場で固まることしかできなかった。
そんなとき――
コンコン。
扉をノックする音が部屋に響く。
「ひっ……!」
ナオミはビクッとする。
そして反射的に、部屋の隅へと逃げるように後ずさった。
彼女の表情には、恐怖と絶望の色が浮かんでいた。
そんな彼女とは対称的に――
「おーい。ナオミちゃん。大丈夫か?」
扉の向こうからは、タカシの呑気そうな声が聞こえてきたのだった。
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