ファイアードラゴンのブレスが迫ってくる。
俺、アイリス、サリエはまともに動くことができない。
治療魔法に集中しすぎた俺のミスだ。
俺だけならまだしも、アイリスとサリエまで巻き込んで死ぬことになってしまう。
せめて、他のみんなは生きてくれ。
ファイアードラゴンの封印を諦めてダンジョンを引き返せば、生きて帰ることもできるだろう。
俺がそんなことを考えているときーー。
「揺蕩う水の精霊よ。我が求めに応じ、水壁をつくりだせ。ウォーターウォール!」
トプンッ。
大容量の水が虚空より生成され、俺たちとブレスの間に位置取る。
リーゼロッテの水魔法だ。
ジュワッ。
ブレスが水を蒸発させる。
あの大容量の水でも、ブレスを無効化させることはできなかったようだ。
しかし、火力は大幅に減退しているようである。
「母なる大地の精霊よ。我が求めに応じ、土壁をつくりだせ。ロック・デ・ウォール!」
ゴゴゴゴゴ!
巨大な土の壁が隆起し、ブレスの行く手を阻む。
ニムの土魔法だ。
ドガーン!
ブレスが土壁にぶつかる。
ブレスはほぼ無効化された。
事前にリーゼロッテの水魔法により威力が減退していたことも大きかっただろう。
しかし、壊された土壁の破片がこちらに飛んできている。
炎のおまけ付きだ。
高熱のブレスが直撃することを思えばマシだが、これはこれで脅威だ。
「……弾けろ。エアバースト!」
ビュワッ!
猛烈な突風が吹き、破片を彼方へと吹き飛ばした。
ミティによる風魔法だ。
「五の型……焔裂き!」
蓮華が軽やかな身のこなしで、炎付きの破片を切り裂いていく。
今度こそ、ブレスの脅威は完全になくなった。
「あ、ありがとう。みんな」
リーゼロッテ、ニム、ミティ、蓮華の冷静な判断のおかげで助かった。
危うく、俺のミスで新たな被害者を出すところだった。
「いえ。タカシ様のお命は、私が命に代えても守り抜きます!」
「ふむ。しかし、ふぁいあどらごんを倒さねば、じり貧でござる」
蓮華がそう言う。
「どうする? 一度、治療に専念するために撤退する?」
「ふふん。あのファイアードラゴンは、ブレスを撃ってくるだけでこちらに明確な敵意はないみたいね。逃げても追ってこないかもしれないわ」
確かに、ファイアードラゴンがこれ以上こちらに追撃してくるそぶりはない。
おそらくだが、遠くに見えた羽虫(人間)を払ったぐらいの感覚なのだろう。
モニカとユナの言う通り、一度は撤退するのもありだ。
問題は、俺の残りMPを使ってマリアを無事に治療しきることができるかだが……。
「ピピッ。1名に重大な火傷を確認。マスターの残存魔力で治療し切れない可能性、98パーセント」
ティーナが無機質な声でそう言う。
事実は残酷だ。
マリアが生き残れる可能性が、たった2パーセントだと……。
「どうにかならんのか?」
「ピピッ。当機により治療を試みます。……失敗しました。魔力が不足しています。マスターの残存魔力の3倍程度あれば、魔力が十分になります」
ティーナがそう言う。
俺の残存魔力の3倍だと?
そんなものはない。
というか、あるのであればそもそも俺が治療魔法をかけ続ければいいだけだ。
事態は、八方塞がりである。
2パーセントの可能性に賭けるしかないのか?
「いや……。あるじゃないか、みんなが幸せになれる道が」
俺はファイアードラゴンをにらむ。
「あいつを倒せばいいんだ。さぞかし、大きな魔石が手に入ることだろう」
「ピピッ! 個体名:ファイアードラゴンの魔石が当機に十分な魔力を供給できる可能性、99パーセント」
ティーナがそう言う。
この方向性で間違いないだろう。
「……燃え盛る地獄の業火よ。罪ありし者に死の裁きを。ヘブンズ・フレア!!!」
俺は最上級のオリジナル火魔法を発動させる。
火力に特化した魔法だ。
威力だけなら他の火魔法の追随を許さない。
その代わり、いろいろと制約がある。
その内の1つが、弾速が非常に遅いということだ。
ヘブンズ・フレアの炎が、ノロノロとファイアードラゴンに向かっていく。
「タカシ様? ファイアードラゴンに火魔法は……」
ミティが心配げにそう言う。
ファイアードラゴン相手に火魔法の効果はイマイチだろう。
もちろん、それはわかっている。
俺の狙いは別にある。
「ぬうううぅっ!」
俺はヘブンズ・フレアの炎に飛び込む。
自分の肉が焦げる感覚がある。
「タカシの旦那!?」
「しょ、焼身自殺か!? パーティメンバーが死んだことに傷心して……」
トミーたち同行の冒険者がそう言う。
この緊迫した局面で、うまいこと言ってるな。
「バカ! そんなわけないでしょ!」
「ふふん。あの技は……」
モニカとユナがそう言う。
俺のこの新技は、もちろんミリオンズのみんなとも共有済みだ。
実戦投入はこれが初めてだが。
俺はヘブンズ・フレアの炎を全身で感じる。
熱い。
しかし、確かなエネルギーを感じる。
俺はこの炎と波長を合わせ、一体になっていく。
「術式纏装『獄炎滅心』」
ヘブンズ・フレアの業火が収まる。
炎の力を、俺の体内に取り込んだのである。
術式纏装は、モニカが得意としている戦闘技法だ。
彼女のは雷の力を取り込む『雷天霹靂』だったが。
俺も彼女からレクチャーを受け、ついに『獄炎滅心』を習得したのである。
俺とモニカ以外のメンバーも、それぞれ練習中だ。
「ファイアードラゴンめ。マリアの恨み、晴らさせてもらうぞ。そしてお前の魔石をいただく」
俺はファイアードラゴンのほうに向けて駆け出す。
「もうっ。相変わらず1人で突っ走って……」
「ふふん。ここは私たちの出番ね。ファイアードラゴンと近接で戦えるメンバーは、限られているから」
モニカとユナが俺に続く。
ユナの言う通り、ファイアードラゴンと接近戦を行える者は一握りだ。
何しろ、やつの体表は超高熱らしいからな。
攻撃を軽く受けるだけでも致命傷のリスクがある。
即死級のブレスは絶対に避けなければならない。
また、こちらからの攻撃も格闘などは不適切だ。
『獄炎滅心』の効果により炎耐性を得て、かつ水魔法などの攻撃手段を持つ俺。
『雷天霹靂』により超速で動け、かつ雷魔法や闘気弾で攻撃できるモニカ。
獣化時に炎の精霊の加護により炎耐性を得て、かつ弓矢で攻撃できるユナ。
この3人が主力となる。
他のメンバーは、タイミングを見て遠距離から援護してくれる感じになる。
ミティの投石やニムの土魔法には期待できるだろう。
トドメは、リーゼロッテの上級水魔法がある。
マリアを治療してみんなで帰るためにも、ファイアードラゴンをぶち殺さなくてはならない。
再封印などと生ぬるいことを言っている場合ではなくなったのだ。
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