俺は天守閣の間に足を踏み入れる。
「お前が桜花景春か?」
「……いかにも、余が桜花藩の当主・桜花景春だ」
俺の問いに対し、少年が答える。
彼は10代前半ぐらいだ。
いかにも世間知らずの坊っちゃんといった雰囲気だが……。
同時に、どこか奇妙な雰囲気も感じさせる。
「俺の用件は、言わなくても分かるな? 紅葉たちを返せ」
「ふむ……。やはりその件だったか。しかし、少しばかりの誤解があろう」
「誤解だと?」
「そうだ。余らはあくまで、重要参考人として彼女たちを招待したに過ぎない」
景春が淡々と言う。
気に入らない。
紅葉たちを拉致したことに、何の罪悪感もないようだ。
「ほう? だが、俺たちが拠点にしていた武神流道場には戦闘のあとがあったぞ」
「些細な行き違いだ。余の配下が、彼女たちを迎えに行ったのだが……。どうやら、そこで戦闘になってしまったようだな」
景春は淡々と答える。
その態度からは、嘘の気配がない。
戦闘になったのは結果論であり、当初はそのつもりがなかった……みたいな感じか?
「なるほど。ならば、早急に彼女たちを返してもらおう。そうすれば、お前の命は見逃してやる」
「焦るな。こちらはこちらで、事情があるのだ。今は無月や蒼天に命じて、彼女たちから事情を聞かせてもらっている。それが終わるまで、貴殿はゆっくりしていくがいい。茶でも用意させよう」
景春が言う。
彼の側にいた女がスッと立ち去り、部屋の奥に引っ込んだ。
どうやら、俺と敵対するつもりはないらしいが……。
安易に信じるわけにはいかない。
それに、こいつは聞き捨てならないことを言った。
「無月だと? あいつ……裏切ったのか……?」
彼女は桜花七侍の一人。
だが、任務に失敗して始末されそうになった彼女を俺が助けてやったこともあり、仲間に引き込めた。
忠義度も30を超えており、俺とは確かな信頼関係を築けている。
そう思っていた。
「焦るなと言っておろう。別に、奴は裏切ったわけではない。余は――」
「裏切ったわけではない……? ……そうか。そういうことか……!!」
俺の中で、すべてのピースがつながった。
無月は、俺たちの仲間になったわけではなかったのだ。
あくまで仲間になったフリをしていただけ。
ならば、確かに『裏切った』という表現は不適切だ。
彼女は裏切ったわけではない。
徹頭徹尾、俺の敵だったのだから。
「クソが……! まんまと騙されていたわけか……!」
「え? いや、何をそこまで怒っている……? 確かに無礼な対応だったかもしれぬが……ええと……」
俺は怒りでどうにかなりそうだった。
対照的に、景春は困惑の表情を浮かべる。
「もういい! 茶も菓子もいらん!!」
俺は闘気と魔力を全開にする。
そして、そのまま景春に斬りかかろうとして――
「……むっ!?」
「ご乱心を……。お鎮まりくださいませ、高志殿」
俺は背後から聞こえてきた声に身を固くする。
刀を持った女が俺の首筋に刃を添えていた。
茶を入れにいっていたはずだが……。
俺への警戒は解いていなかったのか。
今の身のこなし、只者じゃない。
「名乗りを聞いていなかったな。お前は誰だ?」
「私は樹影……。現任の桜花七侍において、前世代より務めている唯一の者」
「なるほど、最古参ってわけか。確かに強いな」
俺は素直に認める。
この女は、かなりの強さだ。
歴が長いだけではない。
俺の見立てでは、戦闘能力においても桜花七侍の筆頭だろう。
景春の前に、まずはこいつを倒す必要がある。
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