武神流道場。
紅葉たち『謀反衆』は、その敷地内で寝泊まりしている。
少し前に、桜花七侍の金剛や雷轟とひと悶着あったためだ。
高志の説得で仲間に引き込んだ無月の『虚影転写の術』により、彼らは『謎の道場破りに敗北した』と思い込んでいるはずだが……。
そのあたりの細工がいつバレるか分からない。
また、金剛や雷轟以外のルートで謀反衆の存在が桜花藩上層部に知られる可能性もある。
そのため、念には念を入れて道場に寝泊まりしているというわけだ。
「うぃーす。おはようさん」
流華が寝泊まりする部屋から出て、道場の戸を開ける。
中では、既に桔梗が軽い鍛錬をしていた。
「……遅い。弛んでる……」
「いやいやいや、お前は早すぎだっての。朝飯は食ったか?」
「……まだ」
「しっかり寝て、しっかり食べる。兄貴が言ってたじゃねぇか。そのおかげで、オレの右手もこの通りよ」
そう言って、流華は右の拳を握る。
度重なるスリ行為により、刑罰として右手首から先を切断されてしまっていたのだ。
だが、高志が上級治療魔法を継続的にかけ続けたおかげで、今では元通りになっている。
「……うん。でも、今日は朝ご飯どころじゃないかも。紅葉ちゃんが……」
「紅葉が? おいおい、朝食当番のくせに寝坊でもしたのか? ……って、そこにいるじゃねぇか」
流華は笑いながら言う。
彼女の視線の先には確かに紅葉がいた。
「おーい、さっさと朝ご飯をつくっ……て……?」
「…………」
流華は紅葉に声をかけようとする。
だが、その途中で言葉を止めた。
彼女は、紅葉の様子がいつもと違うことに気が付いたのだ。
「お、おい……紅葉?」
「……紅葉ちゃん」
「…………」
流華と桔梗が呼びかける。
紅葉は返事をしない。
しかし、少しして彼女はようやく口を開いた。
「……高志様が……高志様が帰ってこられないのです……」
「は? 何言ってんだ、お前?」
「高志様が……帰ってこられないんです!!」
紅葉が叫ぶ。
彼女は目に涙を溜めて震えていた。
そんな様子に、流華は思わずたじろぐ。
「お、落ち着けよ。兄貴は最強だぜ? 心配要らねぇよ。諜報活動が長引いているだけで……」
「……私もそう言った。けど……」
流華の言葉を受け、紅葉より先に桔梗が答える。
どうやら、こうしたやり取りは2度目らしい。
「高志様は……うっかり屋さんなところもあるけど、私たちのことを第一に考えてくれていました! 何の連絡もなく帰ってこられないなんて、ありえません!!」
「そ、そうかもしれねぇが……。でもよ、兄貴だって男だ。諜報活動の息抜きに、たまには夜遊びして朝帰りってことも……」
「はぁ!? あなたねぇ! 高志様のことを侮辱する気なのですか!? 高志様はそんなお人じゃありません!!」
「お、落ち着けよ! 兄貴は割とそういう人だと思うぞ!?」
流華は紅葉に胸倉を掴まれる。
そんな2人の間に桔梗が割って入った。
「……落ち着いて」
「「これが落ち着いていられ――」」
「とにかく、落ち着いて」
桔梗が有無を言わさぬ口調で言う。
その迫力に、流華と紅葉は気圧された。
なんだかんだで、3人娘の中の近接最強は桔梗なのだ。
「……お爺ちゃんと無月さんが動いてくれてる。2人なら、きっと何とかしてくれる……」
桔梗は淡々と言う。
3人娘は、高志の加護や日々の鍛錬により急成長中だ。
しかし、武神流師範や女忍者の無月に比べると、やはり大人と子どもの差はある。
3人が焦ってあれこれ動くより、師範や無月に任せておいた方が確実だろう。
桔梗の言葉で、流華と紅葉は落ち着きを取り戻した。
「そ、そうですよね。ごめんなさい……」
「ごめん」
「……分かればいい」
3人娘の間で、仲直りの空気が流れる。
だが……
「ん……?」
流華が何かに気付いた様子で道場の外を見る。
紅葉と桔梗もつられてそちらを見ると……。
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