マリアが不死川で老人たちと邂逅した頃――
「ねぇ、本当にこの格好で大丈夫なの?」
大和連邦『近麗地方』の『那由他藩』で、少女がそう呟いた。
彼女の名前はアイリス。
大和連邦ではやや珍しい、銀髪の美少女だ。
元々は短髪でボーイッシュな彼女だが、強制転移事件から髪を切っていないため、今はショートとミディアムの中間ぐらいの長さになりつつある。
そして、服装は……
「大丈夫ですよ! 愛理(あいり)さん、とっても可愛いです!」
「いや、可愛さは求めていないから。今から試練なんだよ? ボクが求めているのは、動きやすさと防御力……」
「動きやすいのは間違いないです! その巫女服、とっても薄いですから!」
アイリスの言葉を受け、少女が力説する。
少女は、那由他藩にある寺院の巫女だ。
神社ではなく寺院に巫女がいるのはやや珍しい。
そのあたりに諸々の事情はあるのだが、今は置いておこう。
「薄いって……。まぁ、それは否定しないけどさ……」
ここ那由他藩に転移させられたアイリスは、ミティを始めとした他の面々と合流しようとした。
しかし、距離が遠すぎるためか『共鳴水晶』が十分な効果を発揮できず、まともに連絡が取れなかった。
海のように遮蔽物が少ない場所ならまだしも、山・建物・人など遮蔽物が多く存在する土地では、遠距離の魔力波は弱まりやすいのだ。
タイミングによって魔力波の通りやすさは上下する可能性もあったが、少なくとも安定して通信はできないと思われた。
そこで彼女は、慎重に現地住民と接触して情報を集めることにした。
どうやら、ここは大和連邦の中でも中央付近にある『那由他藩』らしい。
西には『桜花藩』、東には『深詠藩(みえはん)』、そして北側の上空には『虚空島(きょくうとう)』が浮いているとのことだ。
アイリスはこの地では『愛理』と名乗り、巫女から情報を集めつつ今後の方策を練った。
せっかく大和連邦内の中央付近にいるのだから、下手に動くよりはここを拠点にして仲間の合流を待った方がいいかもしれない……。
彼女はそのような結論に達した。
「先祖代々、その服で試練に挑むのがしきたりなんです。だから……ねっ?」
「はぁ。分かったよ……」
アイリスは渋々といった様子で頷く。
そんな彼女の巫女服は、確かに薄い。
白色が基調になっており神聖さを感じさせるが、一部はスケスケである。
肌の露出はほとんどないはずなのに、なぜか扇情的に見えてしまう。
「じゃ、行ってくるけど……。もう一度確認するね? 中に男の人は……」
「いません! 男の人だけじゃなくて、女の人もいませんよ! 『千手の試練』は、一人だけで受けるんです!」
この寺院に伝わる『千手の試練』……。
それに挑めば、突破度に応じて力を得ることができるらしい。
アイリスはこの地から下手に動かずに仲間の合流を待ちつつ、自己の力を高めておくことにしたのだ。
「そう……。なら、いいんだけどね……」
アイリスがなおも不安そうな表情を浮かべる。
経産婦の彼女だが、貞操観念は今なお強い。
タカシ以外の男に体を許すのは言語道断として、扇情的な姿を見られることにすら強い抵抗があるようだ。
そんな彼女にとって今の薄い布生地は、かなり心もとないものだった。
「では……行ってきます!」
「はい! ご武運を!!」
そんなやり取りを経て、アイリスは試練の洞窟へと入っていったのだった。
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