ラーグの街を出発して数日が経過した。
「さあ、見えてきたぞ。あれが儂の治める街だ」
「なるほど。あの街が……」
なかなか立派な街だ。
馬車に乗ったまま門を通り、そのまま街中を進んでいく。
大きな邸宅の前で馬車が止まった。
「これが儂の屋敷だ。さあ、申し訳ないがさっそく娘を看てくれないか」
「わかりました」
ハルクの案内のもと、俺とアイリスで屋敷内を歩いていく。
ミティ、モニカ、ニム、ユナには応接室で待機してもらう。
まあ、あまり大人数で病人の部屋に押しかけるのもな。
歩みを進めていく。
とある部屋の前まで来た。
おそらく、ここが彼の娘の部屋だろう。
部屋の中に入る。
部屋の中では、ベッドの上で寝ている人がいた。
傍らには、メイドのような人が控えている。
ハルクが口を開く。
「サリエ。帰ってきたぞ。具合はどうだ?」
「はあ、はあ……」
ベッドで寝ているのは若い女性だ。
彼女がハルクの娘か。
苦しそうにしている。
「つらそうだな。だが、もう安心だ。優秀な治療魔法士さんを連れてきたぞ」
「はあ、はあ……。ありがとうございます。お父様……」
サリエがそう言う。
ハルクがこちらを向く。
「サリエは、数年前に病を発症してな。とは言っても、体調の良い日には庭を散歩するぐらいの元気はあったのだ」
ハルクがそう言う。
ひと呼吸置いて、言葉を続ける。
「しかし、ここ1年ほどで、急激に病状が体調が悪化してきた。特にこの1か月ほどは、ほぼベッドから動くことができていない」
ベッドから動けないレベルの病か。
ダリウスやマムと同じか、それ以上の重病と言っていいだろう。
「わかりました。さっそく、治療魔法を試してみます」
「よろしく頼む」
俺は治療魔法の詠唱を開始する。
「……彼の者に安らかなる癒やしを。リカバリー」
癒やしの光がサリエを覆う。
彼女の息が少し落ち着いてくる。
「はあ、はあ……。……少し楽になりましたわ。ありがとうございます。治療魔法士様」
サリエがそう言う。
確かに、少しは病状が改善したようだ。
「まだだよ。まだ完治はしていないみたいだ」
「そうだな。あと何度か治療魔法をかけてみよう」
アイリスの言葉に、俺はそう答える。
「うん。それもいいけど、ボクとタカシで合同魔法を発動しよう。今までにも練習してきたでしょ」
「ああ、合同魔法か。そうだな。それが良さそうだな」
合同魔法。
複数人で力を合わせて、魔法の威力や効力を増幅させる技術だ。
ゾルフ砦の防衛戦では、リーゼロッテ、リルクヴィスト、コーバッツの3人で水魔法の合同魔法を発動していた。
また、ゴースト戦やヘルザム戦では、俺とアイリスの2人で聖魔法の合同魔法を発動したこともある。
「じゃあ、いくぞ。アイリス」
「うん。いつも通りに息を合わせよう」
アイリスとともに、治療魔法の詠唱を開始する。
合同魔法は、発動者同士の波長を合わせる必要がある。
集中して、詠唱を続ける。
「「……彼の者に安らかなる癒やしを。リカバリー」」
大きな癒やしの光がサリエを覆う。
彼女の息がさらに落ち着いてくる。
顔色も、こころなしか良くなってきているように見える。
「……あら? 苦しみがなくなってきましたわ」
「おお! サリエ!」
「お父様!」
ハルクとサリエが抱きしめあう。
無事に治療できたようだ。
2人で抱き合って喜びを噛みしめている。
しばらくして、彼らがこちらに向き直る。
「タカシ殿。本当にありがとう」
「ありがとうございます。治療魔法士様がた」
ハルクとサリエがそう言って、頭を下げる。
サリエの俺に対する視線が少し熱い気がする。
「いえ。体調は改善されたようですが、体力が戻るまでは時間がかかるでしょう。しばらくは慎重に様子を見てください」
俺はそう言う。
「わかった」
「気をつけますわ」
「では……。今日のところはこれで失礼します。経過観察も必要ですし、しばらくはこの街に滞在していますので」
俺はそう言って、立ち去ろうとする。
「待ち給え。せっかくだし、我が屋敷に泊まっていくといい。もちろん、君のパーティメンバーのお嬢さんがたもいっしょだ」
ハルクがそう言う。
「えっ。この屋敷にですか?」
「いいんじゃないかな。もしサリエさんに何かあれば、すぐに対応できたほうがいいだろうし」
アイリスがそう言う。
「それもそうか。……わかりました。お言葉に甘えて、お邪魔させていただきます」
俺はハルクにそう返答する。
「おお。では、案内させましょう! おおい! セルバス!」
「お呼びでしょうか?」
ハルクの呼びかけに、1人の老人が答える。
執事のような雰囲気の人だ。
「タカシ殿たちを客室へ案内してくれ。くれぐれも失礼のないようにな」
「ははっ。承知しました。……タカシ様。こちらへ」
セルバスの案内に従い、屋敷の中を歩いていく。
俺の自宅もなかなかの豪邸だが、この屋敷はさらに広い。
やはり町長で貴族ともなれば、いいところに住んでいるな。
途中でミティたちとも合流した。
俺、ミティ、アイリス、モニカ、ニム、ユナ。
セルバスの案内のもと、屋敷内を進んでいく。
「こちらでございます。どうぞ我が家のようにくつろいでくださいませ」
セルバスに通された部屋は、大きな客室だった。
部屋の中に、さらに小部屋がいくつかある。
ベッドは全部で6つ以上ある。
俺たち全員でこの部屋に泊まることができる。
「いい部屋ですね。ありがとうございます」
「いえ。お客様に対して当然のおもてなしでございます。……では、私はこれで失礼致します。定期的に様子をうかがいに参りますが、何かご用向があれば、そちらのベルにて連絡をお願いします」
セルバスが一礼し、去っていった。
「きゃっほー!」
アイリスがそう叫び、ベッドにダイブする。
ニムもそれに続く。
「ふかふかのベッドだー!」
「や、やわらかいです。いい気持ちです」
アイリスとニムがそう言う。
貴族様の屋敷に泊まることになったというのに、緊張感の欠片もない。
まあ俺も特に緊張などはしていないが。
なんだか旅行で、いい旅館に泊まることになったような気分だ。
「タカシ様! 部屋に備え付けの浴室もありますよ。それも結構大きいです」
ミティが浴室をのぞき、そう言う。
俺も見てみる。
確かに、かなり広い。
ラーグの街の自宅の風呂や、ガロル村の秘湯にも引けを取らない広さだ。
「おっ。いい浴槽だな」
「ふふん。悪くないわね。魔石でお湯をはれるみたいね」
俺とユナがそう言う。
「後でみんなで入りましょう!」
「そうだな! ぜひみんなで入ろう!」
ミティの提案に、俺は二つ返事でそう答える。
みんなでお風呂ふたたび。
ガロル村の温泉では、俺は目隠しをしていた。
アイリスが特に恥ずかしがっていたからな。
今では、俺とアイリスは結婚した。
目隠しなしでの入浴も、許してもらえるかもしれない。
いよいよ、本当の意味での男のロマンが成し遂げられるというわけだ。
「いいけど。あんまりジロジロは見ないでね」
アイリスからの許可が出た。
夜の入浴が楽しみだ。
そう思っていたが。
「えっ。みんなで入るの? 私の聞き間違いかしら。あなたたちはみんな、そういう仲なの?」
ユナがそう言う。
そうだ。
彼女が居たのだった。
事情を説明しないと。
「ええと。俺とミティ、それに俺とアイリスは結婚している。そういう仲だ」
「ふふん。まさか、2人と結婚しているなんてね。あとの2人は?」
「モニカとニムとは結婚していないぞ」
「でも、私も考えてはいるけどね」
「わ、わたしもです!」
モニカとニムがそう言う。
「ふふん。そうだったのね。これはさすがに予想外だわ。……計画を練り直す必要があるかしら。いや、逆にこれはこれで……。4人も妻を娶ろうとしているほどの男という味方もできるし……」
ユナが何やらつぶやいている。
一夫多妻が認めれれているこの国でも、やはりあまり外聞はよくないのかもしれない。
ユナの心象を悪くしたかもしれない。
そう思って彼女の忠義度を確認してみたが、むしろ少し上がっていた。
30半ばになっている。
なんでだ?
女性にモテていること自体が、一種のステータスみたいになっているのだろうか。
正のスパイラルだ。
そんなことを考えつつ、ハルク邸の客室でゆっくりとくつろぐ。
夕食はなかなか豪勢なものが振る舞われた。
その後、お風呂でちょっとしたドタバタもあったのだが、それはまた今度の話としよう。
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