俺はモニカからの叱責を何とか乗り越えた。
そして話題は、人魚に関するものへと変わる。
「人魚? 噂程度なら聞いたことがあるわよ」
月が言った。
「花ちゃんも知ってる~」
「……ボクも……」
花と雪も続いた。
三姉妹とも知っているらしい。
「ええっとね~。船乗りさんたちが『人魚と仲良くなりたい』って話をしてたのを聞いたことがあるよ~。人魚さんはとっても綺麗なんだって~」
「……うん。それに、とても歌が上手いらしい……」
花が思い出しながら言い、雪が補足する。
彼女たちは、ヤマト連邦で生まれ、サザリアナ王国で育ったと聞いている。
移住前のタイミングで、ヤマト連邦内の船乗りと会話する機会があったのだろう。
「それで、その噂は事実なの?」
モニカが三姉妹に問いかける。
貴重な情報ではあるが、花の情報も雪の情報もあくまで伝聞に過ぎない。
事実かどうかは不明だ。
「そういった噂が存在すること自体は事実よ。でも、内容が事実かどうかは分からないわね」
月がそう返答した。
そして、そのまま続ける。
「人魚の目撃例は、船乗りたちの間では数多く語られているわ。でも、そのどれもが『単なる噂』に過ぎないの」
「……というと?」
モニカが聞き返す。
「歌声に魅了されると海底に引きずり込まれるとか。人魚の血を飲むと、不老不死になるとか。人魚にまつわる噂は多数あるわ。でも、それが事実かどうかは確認できていないの」
月が説明する。
普通に考えて、不老不死なんて荒唐無稽な話だな。
だが、絶対にあり得ないというほどではない。
ダダダ団の首領であったリオンは不老不死の研究をいくらか進めていた。
「人魚という存在については、俺も多少は知っている。俺はオルフェスで――」
俺はモニカや雪月花たちに説明した。
オルフェスで出会った人魚メルティーネについてだ。
まぁ、メルティーネと会話したのはごく短時間だったので、さほどの情報量はないが……。
「そんなことがあったのね……。なら、私たちが知っている噂も少し信憑性があるかもね」
「そうだね~。それで、その人魚がどうしたの~?」
花が質問する。
モニカは3人や俺の顔を見回しながら言った。
「4人とも、昼寝していたから気付いていないと思うんだけど……。進路方向から、妙な魔力を感じる気がするんだよね……」
「魔力?」
俺は聞き返した。
妙な魔力……。
モニカはそう言った。
進路方向にそれがあるのなら、確かに気になるところである。
「鎖国国家ヤマト連邦の魔道具か何かじゃないのか? ほら、入国を妨害する感じの……」
「うーん……。ヤマト連邦まではまだまだ距離があるし、違うと思うんだよね」
モニカが言う。
確かに、ヤマト連邦まではまで遠い。
オルフェスからヤマト連邦までの距離感で言えば、中間地点を少しすぎたぐらいだろうか?
現状で6割ぐらいの進行具合だと思う。
鎖国国家ヤマト連邦が何らかの魔道具を使って入国を妨害するにしても、さすがにここまで遠い場所に影響を及ぼすほどの魔道具を設置するのは難しそうだ。
「それに……」
モニカが続ける。
「水平線方向じゃなくて、ななめ下の方向に魔力を感じるんだ。妙な感じだから、ちょっと気になるんだよね。ひょっとしたら人魚とかが関係しているのかなって思ったんだけど……」
「ふむ……」
俺は思案する。
(ななめ下の方向か……)
仮に人魚が関係しているとしても、実際に目にしない限りは判別の難しいところだ。
しかし、モニカの懸念ももっともである。
「慎重に進むしかなさそうだな。きっと何とかなるだろう」
俺はそう結論付けた。
俺たちは重大な使命を持っている。
妙な魔力を感じたぐらいで引き返すことはできない。
「うん。私たちなら、大抵の障害は何とかできると思う。でも、今回は海上だから不安で……」
「いざという時は、俺が先頭に立って対応するさ。さっきも伝えた通り、俺には『人魚の加護』的なものもあるしな。それに、仮にはぐれてしまっても共鳴水晶を活用して合流できる」
「そうだね……。いざという時はお願いね」
モニカがうなずいた。
雪月花やその他の面々も賛同する。
「決まりだな。進路はそのままだ。一応、警戒しながら進んでいこう」
俺の言葉に全員が頷いた。
人魚か……。
何事も起きなければいいのだがな……
そんなことを考えつつ、俺たちを乗せた隠密小型船はヤマト連邦へと進んでいくのだった。
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