薄幸の少女ノノンがこれ以上ないほどに追い詰められている。
資金は完全なゼロ。
衣服を1枚あたり金貨1枚分のチップとして取り扱う特殊な取り決めをしたものの、その後も連敗。
スカートとシャツを失った彼女は、ショーツ1枚で最後の勝負に臨む。
「へへ。いよいよ大詰めだぜ」
「ああ。ようやくここまで来たな」
「待ってました!」
観客たちは大盛り上がりだ。
「ぐすっ……。ううっ……。ううっ……」
ノノンはずっと涙を流し続けている。
「さあ、嬢ちゃん。最後の勝負だ。これに勝てば服を1枚返してやる。だが、負ければそのパンツも貰うぜ」
「……はい」
ノノンがか細い声で返事をする。
「だがまあ、俺も鬼じゃねえ。今や、このルールだとお前さんに勝ち目はなくなった。1枚取り返したところで、次にまた負ければ同じだからな。そこで、俺からのささやかなプレゼントだ」
「……?」
ノノンは涙目のまま、不思議そうな顔をする。
「俺はな、嬢ちゃんみたいな可愛い子のパンツが大好きなんだよ。だから、特別だぜ?」
「特別、ですか?」
「ああ、特別に、レートアップしてやろう」
「えっ?」
「賭け金だ。100倍にする。最後のひと勝負で嬢ちゃんが勝てば、金貨100枚をやろう。どうだ? 嬉しいだろう?」
「!?」
ノノンの顔が驚愕に染まる。
「もちろん、受けるな?」
「えっと……」
うますぎる話だ。
何か裏があるのではと勘ぐるが、ロッシュは時間を与えてくれない。
「受けるな?」
「え、ええ……」
「よし、決まりだ」
ノノンはロッシュの圧に負け、思わず承諾してしまう。
ロッシュは満足げに笑った。
(金貨100枚? わたしにとって損はない話……だよね?)
彼女が賭けれる物は、ショーツ1枚のみ。
それで金貨100枚の勝負をしてくれるというのだから、破格の条件だ。
しかし、ノノンの胸中に何とも言えない不安が生まれていた。
「それでは、最後の勝負を始めようか」
「……はい」
「おっしゃ! 来い!」
「ロッシュの頭! 期待してますぜ!」
観客たちが盛り上がっている。
そんな中、ノノンは胸部を左手で隠しつつ、恐る恐る右手を配られたカードに伸ばす。
そして、ゆっくりとカードをめくっていく……。
(あっ……)
ノノンは思わず声を上げそうになる。
彼女の手札には、4枚の同じ数字のカードがあった。
「へへ。俺は3枚交換だぜ」
「……わたしは1枚です」
ノノンは静かに答える。
ポーカーの手札交換で多いのは、2枚か3枚だ。
4枚や5枚交換することも多い。
しかし、1枚だけ交換することはめずらしい。
「へへ。最後にストレートかフラッシュ狙いか?」
1枚だけ交換する場合、まず考えられるのはストレートやフラッシュを狙っていることだ。
例えば3、4、6、7、10という手札であった場合、10を捨てて5を引けば、ストレートが完成する。
だが、それが無事に成功する確率は低い。
5以外を引いてしまえば、良くてワンペア、大抵の場合は役なしのブタとなってしまう。
「…………」
ノノンは答えなかった。
代わりに、自分の手札を表にする。
9、9、9、9、12。
つまり、フォーカードだ。
これはかなり強い役であり、出せばほぼ勝ちが確定したと言っても過言ではない。
(首の皮一枚繋がりました……。いや、違います。賭け金が100倍になっていたのでした。これでまた借金返済に大きく近づきました。これを元にまた勝ちを重ねれば……)
彼女は妄想を膨らませる。
しかしすぐにハッとした表情をして、顔を引き締めた。
(いえ、もうギャンブルは懲り懲り……。偶然手にしたこのお金は、利子の支払いと生活費に充てましょう。これからは真面目に働くのです。真面目に働けば、お父さんとお母さんもきっとよくなる。何とかなります……)
勝利を確信したノノンは、内心でそんなことを考えていた。
だが、彼女は忘れていたのだ。
目の前にいる男が、どれだけ悪辣な男なのかを。
「おっ、すげぇな嬢ちゃん。まさかここでフォーカードとはな」
ロッシュはそう言って笑う。
「ええ、助かりました。それではわたしはこれで帰ります。服を返していただけますか?」
ノノンは安心しきった顔で言う。
「ああ、もちろん返すぜ。まさかこれからずっと全裸で過ごさせるわけにもいかねぇからな。商品が風邪でも引いたら大変だ」
ロッシュがそう言いながら、自らの手札を公開する。
「……は? 商品?」
ノノンは一瞬何を言われたのか分からずに呆ける。
だが、彼が公開した手札を見て理解した。
彼女が目を見開く。
「ロ、ロイヤルストレートフラッシュ!? そ、そんなバカな……」
この世界のトランプは地球のものと比べて微妙に枚数や絵柄が異なる。
また、ポーカーのルールにも当然差異がある。
しかし、ロイヤルストレートフラッシュが最強の役であることは共通している。
地球のポーカーでは、初手でロイヤルストレートフラッシュが成立する確率は65万分の1ほどだ。
ルールの差異や手札交換の分を入れても、1万分の1より高いということはないだろう。
そんな役がこの最後の勝負で成立するなんて、ありえないことだ。
「へへ、残念だったな嬢ちゃん」
「う、うう……」
ぐにゃあ。
ノノンの顔が絶望に歪むのだった。
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