タカシが桜花城を攻め落とした頃――
桜花藩から二つ隣の『深詠藩(みえはん)』を歩く一人の少女の姿があった。
「……ふぅ。やっとここまで来た……」
その少女は息を切らせ、疲労困憊といった様子だ。
彼女の名前は雪。
タカシの船に密航する形で大和連邦に里帰りを目論んだ彼女だが、ミリオンズに巻き込まれる形で『霧隠れの里』から強制転移させられてしまった。
幸いというべきか、飛ばされた先の深詠藩は彼女の故郷からそう遠くない場所だった。
しかし、彼女の身分に関わる諸事情によって、人目につかないようこっそりと移動しなければならなかった。
移動時間にも通過場所にも、かなり気を遣わされたのだ。
そのため、強制転移から2か月近くが経過した今でも、そこそこ程度の距離しか進めていない。
「……深詠藩には一度だけ来たことがあったかな。その中でも、確かこのあたりには有名な神社があったずだけど……呑気に観光を楽しめる類の神社じゃないし、そもそもそういう場合でもないよね……」
雪はそう呟きつつ、歩みを進める。
大和連邦にも宗教はある。
一部は一般民衆に観光名所として開放されており、一部は敬虔な信者のみが通うことが出来る聖地となっている。
人目を避けるための経路を選んでいけば、後者の神社付近を通過するのは必然だった。
「……っ!!」
慎重に歩いていた雪は、心臓が止まるかというほどに驚いた。
夕暮れの神社……目の前に、一人の少女が佇んでいたからだ。
まるで気配を感じなかった。
彼女は空を仰ぎ、物思いに耽っている。
「……き、君は……?」
雪は、思わずそう尋ねてしまった。
少女はゆっくりと雪の方に視線を向ける。
「…………」
「あの……えっと……?」
「……新月にはまだ早いわ」
「え? あ……うん。そうだね……」
雪もつられて、空を見上げる。
新月とは、満月の逆の状態だ。
月が闇に覆われて見えなくなってしまう状態のことである。
そうなる時期には規則性があり、少女の言う通り新月の日にはまだ早い。
そもそも、まだ夕暮れの時間帯ということもあり、月自体がよく見えない。
「あ、あの……君って……」
雪は少女の服を指差す。
その格好は、とても神秘的だ。
巫女装束に似ているような気もするが、どこか違う。
その服には、雪の知らない文字が書かれている。
いや、そもそも……この少女は人間なのか?
そんな疑問が、彼女の脳裏を過る。
「彼の地には闇が忍び寄っていた……。それは遠からず、桜を蝕み枯らして……」
「え……?」
「でも……ああ……。賽は投げられた。もう、戻れない……」
少女がそこまで言うと、徐々にその存在感が薄れていく。
まるで、この世ならざる者……神か物怪の類のようだ。
「ま、待って! あなたはいったい……」
「人の子よ……。運命に抗いなさい。さもないと……沈んでしまう……」
少女はそう呟くと、その場から消えてしまった。
まるで、最初からそこにいなかったかのように……。
雪はしばらくの間、呆然とその場に立ち尽くしていたのだった。
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