ミティとともに、彼女が生まれ育った家にやってきた。
アイリス、モニカ、ニムは宿屋で留守番だ。
しばらく、ミティといっしょに家の前でたたずむ。
彼女はうれしいような悲しいような、何とも言えない顔をしている。
複雑な胸の内なのだろう。
家の中から女性が出てきた。
彼女がこちらに気がつく。
「……ミティ……?」
女性は目を見開き、何か信じられないものを見たかのような顔をしている。
「お母さん。久しぶり」
「ミティ!」
女性がミティに駆け寄り、抱きしめる。
この女性は、ミティの母親のようだ。
親子の感動の再会だ。
ミティの親御さんは、ミティを気軽に売り払ったわけではない。
何らかの事情により経済的に困窮し、苦渋の判断で売った。
以前、ミティからはそう聞いている。
「お母さん。元気だった?」
「ああ、元気だよ。ミティにはつらい思いをさせたね。ごめんねぇ……!」
ミティの母は、涙ながらにそう言う。
「なんだ、騒がしい……。……ミティ!?」
「お父さん!」
さらに、別の男性が家の中から出てきた。
彼はミティの父親のようだ。
「ミティ!」
親子3人で抱き合っている。
ちょっと口を挟みづらい状況だ。
「すまなかった……。父ちゃんが不甲斐ないばっかりに……!」
「……いいよ。正直、ちょっと恨んだり落ち込んだりしたときもあったけどね。おかげで、いい人に出会えたから」
「いい人?」
ミティの両親が、やっとこちらに気がつく。
「紹介するね。この人が、私のご主人様のタカシ様」
「初めまして。タカシです。ミティさんにはいつもお世話になっています」
俺はそう言って、ミティの両親にあいさつをする。
「まあ! 優しそうな方で、安心しました。私はミティの母のマティです」
「俺は父のダディだ。ミティによくしてくれているようだな。礼を言う」
ダディがそう言って、頭を下げる。
「いえ。そんなことは」
自分が購入した奴隷の親に頭を下げられると、かなり複雑な感情になるな。
どう対応するのが正解なんだ?
「……それにしても、ミティが幸せそうで安心した。今は何をしているんだ?」
「冒険者だよ。タカシ様のお手伝いをしているんだ。他にも3人のメンバーがいて、パーティを組んでいるの」
「冒険者? 確かに、ミティは幼いころから力は強かったが。やっていけているのか?」
「うん。みんなのサポートもあって、何とかね」
「何とかなんてとんでもない! ミティは、いつも大活躍ですよ! 助かっています」
彼女の豪力は、非常に頼りになる。
遠距離からは強力な投石。
近距離からは超強力なハンマー。
さらに、サポートとして風魔法も使える。
「いえ。そんな」
ミティが謙遜する。
「それに、ガルハード杯という大規模な武闘会で優勝しましたよ! ちなみに俺は1回戦負けでベスト16でした」
「なんだか凄そうだねえ! ミティが幸せそうでよかったよ」
「うん。幸せだよ!」
ミティがそう言う。
それを聞いたダディとマティが、うれしそうな顔をする。
しばらく和やかな空気が流れる。
ふと、ダディとマティの顔つきが変わる。
「……それはそうと、ミティを買い戻そうと、父ちゃんと母ちゃんでがんばったんだ」
「今、金貨300枚ほどまで貯めることができました。タカシさん、お願いがあります」
ダディとマティがそう言う。
緊張した面持ちだ。
「なんでしょう?」
「この金貨300枚を使って、ミティを奴隷から解放してやってくれませんか?」
「それは……」
金貨300枚。
かなりの大金だ。
しかし、ミティの購入価格は金貨400枚なので、俺にとっては赤字となる。
そもそも、金額云々ではない。
俺はミティを手放したくない。
彼女はパーティメンバーとして非常に頼りになる。
生涯の伴侶としてともに人生を歩んでいきたい気持ちもある。
「お父さん! お母さん! 余計なことしないで! 私は今のままで幸せなの!」
ミティが激昂し、そう言う。
「ミティ。しかし……」
ダディが反論しようとする。
「私は、タカシ様とずっといっしょに過ごしていくって決めたの!」
ミティがそう捲し立てる。
「ミティ。奴隷から解放しても、俺といっしょにいてくれるのか?」
「もちろんです!」
ミティが即答する。
非常にうれしい。
彼女がそう言うのであれば。
「それなら、奴隷から解放しても問題ないんじゃないか。ミティは奴隷だから俺に従ってくれているだけなのではないかと、俺はずっと不安だったんだ」
「そんなことはありません!」
「なら、ミティの奴隷身分を解消して、対等な立場でいっしょに生きていこうよ」
ミティは、奴隷という身分を気にしてか、他のメンバーに対して一歩引いたようなところがある。
アイリスたちも気にしていた。
ミティを奴隷から解放する、いい機会だろう。
「あ、ありがとうございます……っ」
「泣くな、ミティ。な」
奴隷契約の破棄について、ミティの合意も得た。
奴隷側に合意を求めるのも少し妙な話ではあるが。
「ありがとうございます。私どもからも、お礼を言わせていただきます。ミティの主人が、あなたでよかった」
マティがそう言って、頭を下げる。
「いえ。私のほうこそ、ミティさんに会えてよかったです」
「して、実際の奴隷解放の段取りなのですが。この村には契約魔法を使える者がいません。隣町まで行く必要があります」
「そうなのですか」
「隣町のベネフィット商会支部に依頼すれば、法的に正式な手順で契約魔法を破棄してもらえるはずです」
俺はまだ、ラーグ奴隷商会に金貨200枚の借金をしている。
好き勝手に契約魔法を破棄できてしまうと、ラーグ奴隷商会がミティの行方を追跡できなくなってしまう。
それを防ぐために、法律などで契約魔法についての扱いが制約されているということだろう。
「隣町のベネフィット商会ですね。わかりました」
ベネフィット商会という名前には、かすかに聞き覚えがある。
どこで聞いたのだったか……。
…………。
あ。
思いだした。
俺とミティがラーグの街からゾルフ砦まで護衛した隊商だ。
その隊商が、ベネフィット商会に属していたのだった。
「俺と妻も、同行したい。明日まで待ってもらえるか? 予定をすべてキャンセルしておく」
ダディがそう言う。
「いえ、無理に予定を空けられなくても構いませんよ。明日とは言わず、1週間ぐらいなら待ちますので」
「いや、しかしな……。善は急げとも言うしな」
まあ、ダディの気持ちもわからなくもない。
娘が、奴隷身分から解放されるかの瀬戸際なのだ。
最終決定権を持つ俺の気が変わらないうちに、早く済ませたいのだろう。
「本当に構いませんよ。なあ、ミティ」
「お父さん。タカシ様もこうおっしゃっているし、お言葉に甘えさせてもらったら?」
「そ、そうか。すまんな。なるべく早く予定を空けられるように努めよう」
「だいたい何日後ぐらいになりそうですか? 急かしているわけではありませんが、活動の予定を立てておきたいので」
「うーん。マティ、どう思う?」
「そうですね。1週間後であれば確実です。がんばって早めて、4、5日後といったところでしょうか」
「わかりました。どうかご無理はなさらないようにしてください」
その4、5日の間は、適当にこの村でできることをやっておけばいいだろう。
魔物狩り、魔法や剣の鍛錬、村の周囲の探索、村の観光、宿屋で休息。
できることはたくさんある。
ミティの両親と別れる。
アイリスたちが待機している宿屋に向かう。
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