ハイブリッジ家のトーナメントが終了した。
表彰式に向けて関係者が準備を進めているところだ。
出場選手や観客たちは、思い思いに暇を潰している。
俺は、ミティとともにテント内に入る。
ミリオンズ用の臨時個室のようなイメージのテントである。
今この場にいるのは、俺とミティだけだ。
「ミティ。その後の体調はどうだ?」
「はい。問題ありません。念のため、医者のナックさんを呼んでいただいているのですよね?」
「ああ。先ほどこちらへ向けて歩いているのが見えた。もうすぐで着くだろう」
俺はそう言う。
そして……。
「お待たせ致しました。ナックです」
テントの外からそう声が掛けられた。
「おう。よく来てくれた。入ってくれ」
俺はそう言う。
ナックがテント内に入ってくる。
「ミティさんが体調不良ということですが……」
「ええ。経過観察中でしたが、これはいよいよ確定でしょうか?」
ミティがそう問う。
彼女の体調不良は以前からのものであり、ナックに看てもらっていた。
”おそらくこれだろう”という心当たりはあったそうだが、確証がなく経過観察中となっていたらしい。
ちなみにその心当たりとやらの具体的な病名は教えてもらっていない。
ミティが、はっきりとするまではぬか喜びしたくないと言っていたのだ。
病気なのに、ぬか喜びというのもおかしな話だが。
「ふむ。では失礼して……」
ナックがミティを診察していく。
「……そうですな。もう間違いないかと思います」
ナックがそう言う。
病名が確定したようだ。
俺の治療魔法で治せるものだといいのだが。
「間違いありませんか! ふふふ。いよいよ、タカシ様に吉報をお知らせできるわけですね!!」
ミティは喜色満面といった感じだ。
「ん? 吉報? どういうことだ?」
言っていることがよく理解できない。
病気ではなかったのか?
「ミティ殿はおめでたですな」
「ん?」
「タカシ様と私の愛の結晶です。実は私、妊娠していたようです!!」
「……おぉ!?」
俺は思わず声を上げてしまった。
「そ、そうだったのか。確かに、やることはやっていたしな……。これはめでたい!!」
「ありがとうございます!」
ミティが嬉しそうな顔をする。
「しかし、なぜそれをもっと早く言わないんだ? 大会に出る前にわかっていれば、出場せずに済ませたのに」
まぁ、今さら言っても後の祭りではあるが。
激しい運動で、まさか流産したりしないよな?
「ナックさんから適度な運動の許可はもらっています! むしろ、好影響もあるとか!」
「ええ、まあ……。妊娠中に魔法や闘気を発動させていると、生まれてくる赤ん坊へいい刺激になるという説があります。さすがにここまで大規模な大会だとは思いませんでしたが……」
「なるほど。そういうことか」
この世界にはこの世界の常識がある。
魔法や闘気という、地球にはない概念がある世界だしな。
俺の常識をそのまま当てはめようとするのはよくない。
「しかし、これからはもっと活動を控えめにした方がよろしいでしょうな。軽い筋トレや安全に配慮した低級の魔物狩りくらいなら結構ですが、今回のような強者が集う大会への出場などは言語道断です」
「はい。気をつけます」
「そうだな。お腹の中の子どものためにも、ムチャは控えておいた方がいいだろう」
俺はそう言う。
「……ところで、この近くにはアイリス様とモニカ様もいらっしゃるはずですね?」
「そうだな。彼女たちは大会には出場していないが、観戦を楽しんでいたはずだ」
「ちょうど良かった。そちらのお二方も看させてもらいましょう」
ナックがそう言う。
確かに、アイリスとモニカも体調を崩しがちだったな。
ミティより少しだけ遅れて発症した様子だった。
「……ん? 待てよ……?」
ミティの体調不良は、実は病気ではなくて妊娠の初期症状だった。
つまり……。
「こんにちは、ナックさん。呼ばれた気がしたからやって来たよ」
「本当に来てたんだ。モニカの聴覚は、相変わらずすごいねー」
モニカとアイリスがテント内に入ってきて、そう言う。
「おお、2人とも。察しがいいな。ナックが看てくれるそうだぞ」
「うん。私には聞こえていたよ」
「ミティの嬉しそうな顔を見ると、とうとう確定したみたいだね。この様子ならボクもかなー?」
アイリスがそう言う。
同じようなタイミングで体調を崩し始めたとは思っていたが……。
ナックが彼女たちの診察を始める。
「ふーむ……」
「どう?」
「どうなの?」
アイリスとモニカが真剣な表情でそう問う。
「間違いありません。お二方も、おめでたですな」
ナックがそう言う。やはりか。
これで確定だな。
「やった! 私にもとうとう赤ちゃんが!!」
「ふふ。ついにボクも親になるのか……。うまく育てられるかなー」
モニカとアイリスがそう言う。
嬉しさや喜びが、ありありと伝わってくる。
「みんなで協力して育てよう。ミティ、アイリス、モニカの冒険者活動はしばらく休止だ。俺も必要なときは休むようにする」
出産という一大イベントだ。
万が一がないように、備えておきたい。
「いえ、タカシ様はこれまで通りに活動した方がいいかと思います」
「そうだねー。何と言っても、騎士爵様だしね」
ミティとアイリスがそう言う。
「しかしだな……」
「出産前後はともかく、妊娠初期からずっと気を張っていたらキリがないよ。それに、タカシが冒険者活動を休んでしまったら、誰がこの街の人々を守るの?」
「そうそう。むしろ、タカシは今まで通り忙しくしておいた方がいいんだよ」
モニカとアイリスがそう言う。
「…………」
言われてみれば、その通りかもしれない。
まあ、これまでもそれほど忙しくしていたわけではないのだが。
「タカシ様が立派な貴族様でいてくだされば、生まれてくる子どもにも十分な教育や確かな生育環境を用意してあげられると思います。もちろん、私も出産が無事に終わればまた冒険者活動をがんばりますので!」
ミティがそう言う。
「わかった。みんながそう言うのなら……」
今後、ミティ、アイリス、モニカには、自宅で安静にしてもらうことになるだろう。
多少の運動や家事ぐらいは行うだろうが、冒険者活動は基本的に休止だ。
「それにしても、今日はいい日だな。愛する妻たちの妊娠が同時に発覚するとは!!」
俺はそう言う。
そのときだった。
テントに、1人の女性が入ってきた。
「失礼します。ハイブリッジ騎士爵様。……おや? ミティ様もこちらにいらっしゃいましたか」
「おう。なんだ? ネリー」
ラーグの街の冒険者ギルドの受付嬢、ネリーだ。
今日の大会では、司会進行役を務めてくれた。
次の加護(小)を付与する有力候補の内の1人である。
「表彰式の準備が整いました。お手数ですが、ステージ近くにまでお越しいただけないでしょうか?」
そう言えば、優勝者には賞品があるのだったな。
騎士爵である俺の権限で、できる限りの望みを叶えてやるという賞品だ。
今の上機嫌な俺なら、かなりムチャな望みでもオーケーしてしまいそうだ。
ついでに、優勝者以外の望みも聞き出してある程度は叶えてやろうかな。
「わかった。すぐに行く」
「もちろん私も行きます!」
俺とミティが立ち上がる。
「ボクたちは、観客席で見守ってるね」
「子どものことは、また改めて話そう」
アイリスとモニカがそう言う。
「ああ。そうだな」
それにしても、気分がいい。
俺は晴れやかな気持ちで、ミティやネリーとともにテントの外へと歩き始めた。
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