俺は紅葉とのんびりした昼食を堪能した。
山頂の風は穏やかで、澄んだ空気が心地よい。
遠くの稜線が霞み、雲の切れ間から差し込む光が地面に模様を描いている。
まるで風が時間の流れを緩めているかのような錯覚を覚えた。
温かい食事の余韻が体の芯まで染み渡る。
食事を終え、のんびりと景色を眺めていると、腹の満足感が心まで満たしていくようだった。
「さて、腹ごなしも済んだし、そろそろ下山するか」
俺は伸びをしながら言った。
肩甲骨が心地よく伸び、肺いっぱいに澄んだ空気を吸い込む。
昼下がりの陽光が穏やかに照らし、岩肌に映る影がわずかに伸び始めていた。
「はい!」
紅葉は元気よく答え、さっと荷物をまとめ始める。
その動きは手際が良く、無駄がない。
それでも、どこか名残惜しそうに辺りを見回しているのが分かった。
俺は立ち上がり、紅葉に手を差し伸べた。
彼女は一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに微笑み、そっと俺の手を取る。
その指先は細くしなやかで、掌には確かな温もりが宿っていた。
触れた瞬間、微かな緊張が伝わる。
紅葉の頬がわずかに朱に染まり、風に揺れる髪が陽光を受けて輝いていた。
「よし、行くぞ!」
「はい! ……あ、待ってください」
紅葉がふと俺の服の裾を引いた。
その仕草はどこか頼りなげで、意を決したようにも見えた。
「ん? どうした?」
彼女は少し戸惑ったように目を伏せ、指先をもじもじと動かしている。
まるで何か言いたいのに言い出せないかのようだった。
風が木々を揺らし、鳥の囀りが遠くで響く。
俺は紅葉の横顔を見つめた。
「あの……。その、少しお願いがありまして……」
声は小さく、けれどどこか真剣だった。
「ん? なんだ?」
俺は彼女の表情をうかがう。
紅葉の睫毛が震え、やがて決意したように顔を上げた。
その頬は赤く染まり、瞳には真っ直ぐな光が宿っている。
「あの……、その……。この大岩に、私たちの軌跡を残していきませんか?」
「軌跡? ……あぁ、そういうことか」
俺はすぐに理解した。
紅葉は俺たちの思い出を何か形に残したいのだろう。
この広大な景色の中で、俺たちが確かにここにいた証を。
この旅の本来の目的は違う。
俺たちは深詠藩を武力で制圧し、支配するために来た。
のんびりとしたピクニック気分でいる場合ではない。
しかし、それはそれとして、道中を楽しむ余裕があるのも悪くない。
「わかった。そうしよう」
俺はアイテムボックスに手を伸ばし、適当な鉄刀を取り出した。
鞘から引き抜くと、刃が日差しを反射し、きらりと光った。
俺はその鋭い刃で、軽く大岩を削る。
なかなかに頑丈な大岩だったが、俺の膨大な魔力や闘気を刀に纏わせればどうということはない。
――『高志参上!!』
大岩に刻まれた文字は、陽を受けて立派に輝いて見えた。
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