ハガ王国にマリアを迎えに来た。
ミティ、アイリスもいっしょだ。
マリアの祝福の姫巫女としての生命力と回復力を見せてもらった。
この力があれば、一瞬の油断で大ケガをしてしまうということもないだろう。
彼女はギリギリ10歳になっているので、冒険者としてミリオンズに加入してもらうことができる。
マリアを俺たちの屋敷に迎え入れ、ミリオンズの一員として加入させる方向で話がまとまりかけた、そのとき。
『マリアが結婚だと!? 俺はそんなこと認めんぞ!』
後方で黙って聞いていた若い男のオーガが、突然そう叫んだのだ。
「ええっと。彼は?」
俺はバルダインにそう問う。
『こやつはバルザック。セリナの代わりに六武衆に入った男だ。そして……』
『俺が何者かなど、今はどうでもいいだろう! それよりも、マリアのことだ。俺は認めんからな!』
バルダインの言葉を遮り、バルザックがそう言う。
国王の言葉を遮るとは、かなりの不敬罪ではないか?
国や時代によっては、死刑になってもおかしくないほどの重罪だ。
『バルザック。何が気に入らないのかしら?』
『知れたこと。このタカシとやらの実力が気に入らんのだ。本当にマリアを守れるのか?』
ナスタシアの問いに、バルザックがそう答える。
王妃にもこの態度か。
いったい何者なんだ?
「全力を尽くすつもりだ。俺はこれでも、戦闘功績を認められてサザリアナ王国の騎士爵を授かる程度の実力はある。それに、他のパーティメンバーも強者揃いだ」
『口ではなんとでも言える。その言葉に嘘がないか、試させてもらおう。模擬試合だ』
「……わかった。受けて立つ」
そんな感じで、俺とバルザックが模擬試合を行うことになってしまった。
マリアを賭けた決闘と言ってもいいかもしれない。
気を引き締める必要がある。
●●●
俺とバルザックは、王宮の外の広場にやってきた。
バルダイン、ナスタシア、マリア。
ミティとアイリス。
それにディークやフェイもいっしょだ。
『では、これより模擬試合を始める。ルールは何でもありだ。しかし、殺傷能力の高い刀剣や上級魔法の使用は禁止とする。それでいいな?』
バルダインがそう言う。
国王直々の審判だ。
無様な姿は見せられない。
「はい。それで構いません」
『俺もそれでいいぜ』
俺とバルザックが対峙する。
周囲の人たちは、それを見守っている。
「タカシ様! 軽く蹴散らしてやってください!」
「ケガしても、ボクがいるからだいじょうぶだよ。気楽にね」
ミティとアイリスがそう声援を送る。
『どっちのお兄ちゃんもがんばれー!』
マリアは無邪気に応援をしてくれている。
『両者構えて……、始めよ!』
バルダインがそう合図をして、試合が始まった。
『さあ、お手並み拝見といこうか……』
バルザックがそうつぶやく。
彼はこちらを見据え、間合いをはかっている。
まずは、俺からジャブを仕掛けよう。
水魔法の詠唱を開始する。
「……氷の精霊よ。我が求めに応じ、氷の雨を降らせよ。アイスレイン!」
氷の弾が、雨のようになってバルザックを襲う。
『水魔法? 使えるという話は聞いていなかったな。……だが!』
バルザックが氷の弾を見切る。
華麗に避けつつ、俺に接近してくる。
なかなかの身のこなしだ。
セリナの後釜として六武衆に加入しただけのことはある。
彼は高速移動で、俺の背後に回る。
俺は対応するため、振り向こうとする。
しかしーー。
『影縫い』
「……む!? 体が、動かない?」
微動だにしないわけではないが、極度に動かしづらくなっている感覚だ。
『これで決めるぞ。ぬうううぅ……』
バルザックが闘気の出力を上げる。
大技が来そうだ。
「簡単にやられてたまるか。動かざること山の如し。”鉄心”」
体は動かせずとも、闘気を練ることはできる。
俺は防御重視で闘気を全身にまとう。
『十六夜連撃!』
バルザックが闘気を込めた連撃を繰り出してくる。
技名から判断すると、16発の攻撃か。
「1、2、3、……ぐぐっ」
なかなかに重い攻撃だ。
俺の鉄心を貫通してダメージを与えてくるとはな。
だがーー。
「……15、16。どうやら耐えきったようだな」
『……はあ、はあ……。まさか、十六夜連撃を耐えきるやつがいるとはな』
バルザックの息が上がっている。
闘気を大量に使っていたからな。
『なら、もう1度いくぜ! ぬうううぅ……』
バルザックが再び闘気を練り始める。
「それを、俺が黙って見ているとでも? ばっ!」
俺は闘気の出力を上げる。
今度は防御のためではなくて、影縫いとやらで拘束されている体を解放させようとする意図だ。
『バ、バカな……。なんだ、この闘気量は。ガルハード杯で見たときは、ここまでの闘気量ではなかったぞ』
「ガルハード杯? そんな前のことは忘れちまったよ。俺の次の目標は、ゾルフ杯優勝だ!」
俺はそう宣言する。
今ノリで決めただけだが。
しかし、バルザックはガルハード杯で俺の試合を見ていたことがあるのか?
俺が出場したガルハード杯は、昨年のものだ。
サザリアナ王国とハガ王国が武力衝突をする直前にあった大会である。
俺は影縫いの拘束を解く。
そして、そのまま腕に闘気を集中させていく。
バルザックは、動揺のせいかスキだらけだ。
「くらえぃ! ビッグ……バン!」
『ぐあああぁっ!』
俺の右ストレートをモロにくらい、バルザックは吹き飛んでいった。
地面で数回バウンドし、倒れる。
『そこまで! タカシの勝ちとする!』
バルダインがそう宣言する。
アイリスが俺に駆け寄り、治療魔法をかけてくれる。
続けて、バルザックのほうに向かい、彼にも治療魔法をかけた。
彼がダメージから回復し、こちらに歩いてくる。
『見事だ。あのときよりもずいぶんと成長したものだな』
「あのとき……というと、1年前のガルハード杯のことか?」
俺はそう言って、バルザックの顔を改めて見る。
うーん、見覚えがないな。
オーガは、身体的には人族とさほど変わりがない。
顔立ちが、少しだけ人族と異なる感じだ。
人族の中にバルザックが紛れていたら、印象に残っていそうなものだけどな。
……いや、1人だけ顔を知らない者がいたか。
マスクマンだ。
仮面を付けてガルハード杯に出場していた謎の男だ。
俺、ミティ、アイリスと並んで、予選枠を勝ち抜いて本戦に出場していた。
「……まさか、マスクマンとして出場していたのか?」
『おお、わかるか。いかにもそうだ。人族の動向を探るために、潜入がてら武闘大会とやらに出場したのだがな。まさか、俺が不在の間に親父があんなことになるなんてよ』
バルザックがそう言う。
「ふむ。しかし、どのような行動を取るか迷ったのではないか?」
『その通りだ。人族の陣営を内側から撹乱するのも考えた。しかし、親父が人族の街を攻めることには違和感があった。様子を見つつ、両陣営の被害を抑えるためにいろいろと動いていたのだ』
あの武力衝突が無事に収束した裏には、このバルザックの活躍もあったようである。
「なんという冷静で的確な判断力なんだ!! 大した器だな」
『それはこっちのセリフだぜ。お前になら、マリアを任せられる。妹のことを頼んだぞ』
「妹?」
『あ? 言っていなかったか? 俺はマリアの兄だぞ』
バルザックがそう言う。
マリアの兄ということは、つまり……。
「お、王子様であられましたか。バルザック様」
俺はそう言う。
ははーっ。
……と、ひざまずくべきだろうか。
『よせ。お前は俺が認めた男だ。卑屈になるな』
「わ、わかった。マリアのことは任せてくれ。守り抜くと誓おう」
俺はそう言う。
『うむ! 親睦を深められたようでよかったぞ! 将来は義兄弟になるかもしれんしな!』
『うふふ。マリアにはまだ早いわよ。でも、そうなっても悪くないかもしれないわね』
バルダインとナスタシアがそう言う。
『うん! マリア、タカシお兄ちゃんと結婚するよ!』
マリアが元気よくそう宣言する。
彼女はまだ10歳になったばかりなので、さすがに気が早いだろう。
とはいえ、ニムは11歳と少しで俺と婚約したしな。
いずれは考えておかなくてはならないことだ。
マリアは、幼いながらも将来性を感じさせる整った外見をしている。
加護を付与済みで、戦闘能力などに不安はないだろう。
本人の性格も、それなりに冒険者向きだ。
人族の街を見て回りたいという意欲がある。
また、俺が世界滅亡の危機に立ち向かっていくための人脈の面でもメリットがある。
彼女は一国の姫だからな。
そして何より、俺のことを慕ってくれている。
まあ、現状はほとんど兄に対するような感情だろうが。
「ああ。いつかそんな日が来てもにぎやかで楽しそうだな」
俺はそう言う。
「マリアちゃん。私たちといっしょにがんばっていきましょうね」
「ボクたちも全力でサポートしてあげるからね。困ったことがあったらいつでも言ってよ」
ミティとアイリスがそう言う。
そんな感じで、マリアを賭けた決闘は無事に終了した。
マリアは当面の間は俺たちミリオンズと同行することになる。
加護を付与済みであるし、戦力としても十分に期待できるだろう。
楽しみなところだ。
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