赤き大牙と別れ、街に戻る。
冒険者ギルドでファイティングドッグ狩りの処理を依頼する。
処理を待つ間は、手持ち無沙汰だ。
適当にあたりを見回す。
見覚えのある面々がギルドに入ってきた。
先頭の男がこちらに気付く。
彼らが近寄ってくる。
「やあ。タカシ君じゃないか」
「お久しぶりですわね」
「お久しぶりです。コーバッツさん、リーゼロッテさん、それにみなさん」
蒼穹の担い手だ。
かつて西の森への遠征で同行した。
ゾルフ砦で再会し、防衛戦にも参加していた。
リーダーのコーバッツはCランクの槍士。
リーゼロッテはCランクの水魔法使い。
その他のメンバーはDランクが3人だ。
そういえば、彼らはCランク2人とDランク3人で、Cランクパーティの認定を受けているな。
俺たちミリオンズは、Cランク1人、Dランク2人、Eランク2人だ。
蒼穹の担い手とパーティ人数は同じ。
俺たちがCランクパーティを目指す上で、彼らは参考になる。
以前ネリーが言っていたように、まずはEランクのモニカとニムのDランク昇格を目指すつもりだ。
無事に昇格が果たせれば、俺たちミリオンズはCランク1人とDランク4人のパーティになる。
この編成でもCランクパーティの認定がされた前例はあるとのことだった。
もしそれでも不足しているようなら、次はミティやアイリスのCランク昇格を目指す。
どちらかがCランクに昇格できれば、Cランク2人とDランク3人のパーティになる。
蒼穹の担い手と同じ編成だ。
順当にいけば、そのタイミングでCランクパーティの認定がおりる可能性が高いだろう。
「タカシさんも、この街に戻っていらしたのね」
「ええ。ゾルフ砦での戦いが終わったので、帰ってきました」
「噂は聞いているよ。敵地に乗り込んで活躍したとか。それに、ガルハード杯での戦いも見事だった」
コーバッツがそう言う。
俺のガルハード杯での戦歴は、1勝1敗だ。
1回戦の対ミッシェル。
俺を素人とあなどるミッシェルに対して、俺は闘気を惜しみなく使って彼に大きな一撃を入れた。
残念ながらそれでは彼を倒しきれなかったが。
復活したミッシェルは闘気の温存を諦め、俺に対して全力でぶつかってきた。
その結果、俺は負けてしまった。
まあ俺も最低限の見せ場はあったし、悪くはない試合内容だったとは思う。
余興試合の対アイリス。
彼女の聖闘気”迅雷の型”のスピードにより、俺はかなり劣勢だった。
最終的には彼女の闘気切れにより、何とか俺が勝てた。
「ええ。幸運にも、活躍の機会に恵まれました」
「リーゼロッテは、君たちの試合を見て興奮していたよ。彼女は食べ物にしか興味がないと思っていた。少し意外だった」
「ひどいですわ。まるで私が食い意地がはっているみたいに」
リーゼロッテがむくれる。
「リーゼロッテさんの食い意地といえば。今度、私の家で食事会を開くことになったのです。私たち5人と、赤き大牙のユナさんが参加します。みなさんもいかがですか?」
俺はリーゼロッテに対して恩がある。
かつて西の森へ遠征したとき。
赤き大牙の3人と俺で、クレイジーやゴブリンの狩りを行っていた。
火魔法の範囲攻撃の強力さに浮かれていた俺は、うかつにもクレイジーラビットの群れに攻撃を加えてしまった。
クレイジーラビットは、普段は温厚だ。
しかし、唯一にして最大の注意点がある。
群れに最初に攻撃した者を狂ったように攻撃する点だ。
迫りくるクレイジーラビットに対して、俺は必死に抗った。
赤き大牙の3人も、俺を全力で守ろうとしてくれた。
数を減らしていくクレイジーラビットの群れ。
それでもなお攻撃の手を緩めないクレイジーラビットの群れを相手に、俺はとうとう力尽きそうになった。
その迫りくるクレイジーラビットの群れを水魔法で一掃してくれたのがリーゼロッテである。
たまたま近くを通りがかって駆けつけてくれたのだ。
さらに、深手を負っていた俺に対して、ポーションを躊躇なく使ってくれた。
ポーションは、安いものでも金貨数枚。
高いものなら金貨数十枚以上する。
リーゼロッテが俺に使ってくれたポーションの実際の価格はわからない。
だが、たとえ安いものであったとしても、単純に金貨数枚を代金として支払って返しきれるような恩ではないだろう。
たとえ話。
砂漠のど真ん中で倒れている人がいる。
彼は水を欲しがっていた。
たまたま通りがかった人が、以前100円相当で買った飲料水を持っていた。
その人は、こころよく飲料水を無償で譲ってあげた。
このときに、倒れていた人が受けた恩は、果たして100円分の恩なのだろうか。
俺は違うと思う。
俺がリーゼロッテに受けた恩は、金貨数枚で返しきれるような恩ではないだろう。
とはいえ、現金でのお返しは以前に拒否されてしまっている。
彼女は食いしん坊だ。
変わった料理やおいしい料理を好む。
この機会に、せめてものお返しをしておきたい。
……まあ、主に料理するのはモニカだけどな。
俺もがんばって手伝うつもりだ。
「それはいいね。リーゼロッテ、参加するといい。私たちは遠慮しておこう。街を出る準備もあるからね」
「うれしいですわ! おいしいお料理を楽しみにしていますわね」
コーバッツとリーゼロッテがそう言う。
街を出る準備?
彼らもこのラーグの街を離れるのか。
「次はどこに行かれるのですか?」
「故郷に戻りますわ。とうとうヴィスト兄様に見つかってしまいましたし。いつまでも逃げているわけにもいきませんわ」
「ヴィスト兄様?」
どこかで聞いたことがあるようなないような名前だ。
「ガルハード杯にも出場していた、リルクヴィストですわ。お伝えしておりませんでしたか? 彼は私の兄です」
聞いていない。
いや、そういえば。
防衛戦の最中に、リーゼロッテがリルクヴィストのことを”お兄様”と呼ぶ声を聞いたような気もする。
「そうでしたか。……ん? ということは……」
「リーゼロッテはラスターレイン伯爵家の長女だよ。私は護衛騎士。今は冒険者だけどね」
コーバッツがそう言う。
確か、ラスターレイン伯爵家は水魔法で有名なのだったか。
リーゼロッテは中級の水魔法のアイスレインを使える。
リルクヴィストはおそらく上級のブリザードを使える。
また、リルクヴィスト、リーゼロッテ、コーバッツの合同でさらに強力なエターナルフォースブリザードという魔法も使っていた。
「は、ははーっ! 貴族であれせられましたか、ミス・リーゼロッテ!」
俺は思わず平伏する。
「ちょ、ちょっと。やめてくださいまし! 貴族とはいえ、今は一介の冒険者ですわ!」
「うむ。私も、護衛騎士としては彼女に敬語を使うが、冒険者としては敬語を使わない。そのあたりの線引きは必要だよ、タカシ君」
「わ、わかりました」
俺は起き上がる。
そういえば、ガルハード杯では貴族のリルクヴィストと平民のミッシェルが普通に闘っていた。
冒険者や武闘家としては、あくまで対等な関係ということか。
「まあ、私のことはいいでしょう。お食事会の件、楽しみにしていますわね」
「リーゼロッテをよろしく頼むよ」
リーゼロッテとコーバッツがそう言う。
彼らは狩りの報告のために受付のほうへ向かっていった。
俺たちは彼らと別れて、冒険者ギルドを出る。
「さーて。食事会の準備を進めていかないとね。腕がなるさ!」
モニカが張り切っている。
こういう時に、モニカに料理の手間賃を支払うかはすごく微妙なところだ。
同じパーティなので、半分は家族のようなものだしな。
家族が料理をしてくれたときに都度手間賃を支払うのも違和感がある。
また、俺には治療魔法がある。
冒険者活動や日常生活でモニカがケガをしたときには、もちろん無償で治療魔法を施している。
ダリウスの治療も無償だしな。
そういう点では、お互い様といえるだろう。
とはいえ、”お互い様だからしてもらって当然”という態度は、家庭内の不和を招く。
手伝えることは手伝うべきだし、感謝の気持ちも忘れないようにすべきだろう。
俺も食事会の準備をがんばって手伝っていこう。
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