(虚空島の下に広がる山脈へ、桔梗を向かわせるべきかどうか……)
今、桜花藩の外で動かせる人材には限りがある。
景春と早雲――それぞれ力量として申し分ないが、藩外での運用となるとどうしても制約が多い。
桜花七侍の面々も便利ではあるが、彼らを藩外で単独行動させるには、まだ忠義の度合いに一抹の不安がつきまとう。
そうした制約の中で、能力と忠義度の両面から信頼できる者は、やはり紅葉、流華、桔梗の三人に絞られる。
紅葉の冷静沈着さ、流華の柔軟な対応力、桔梗の圧倒的な戦闘安定性――いずれもが、今後の局面において鍵となる。
次点は無月だ。
彼女の身のこなしには、忍としての研ぎ澄まされた美学すら感じられる。
そしてその配下たち――幽蓮、黒羽、水無月。
彼女たちもまた、若手の中では確かな腕を持つ忍者であり、流華と共に修行で汗を流してきた仲間たちだ。
その結びつきには、簡単には揺るがない信頼が宿りつつある。
――余談だが、今の彼女たちには、かつてのような暗殺任務は課していない。
善意からの判断ではない。
俺の呪い――それが理由だ。
あるとき、他藩の要人暗殺を命じようとした瞬間、心の内に突如として湧き上がった強烈な抵抗感。
それは、配下への暗殺命令を取り消すには十分すぎるほどの力だった。
直接的な戦闘で命を奪えぬのはこれまでで分かっていたが、どうやら間接的な殺意にもまた、何らかの制約がかかっているらしい。
もちろん、それでも命じようと思えばできたかもしれない。
しかし、そこに無理を通すほどの理由はなかった。
俺のチート能力と、有能な配下たちの戦力をもってすれば、近麗地方の統一など時間の問題だ。
詳細がよく分かっていない謎の呪いに対して、わざわざリスクを犯す必要はない。
それゆえ、かつての暗部組織『闇忍』は解体された。
代わって、新たに生まれたのが諜報専門の『漆刃(うるは)』。
構成員は同じ。
無月を筆頭に、かつての闇忍たちがそのまま名前を変えただけの組織。
だが、名を変えることで、人は変わる。
変わったと思い込むことで、重ねてきた罪から距離を取る。
それでいいのだ。
単なる戦術の選択ではなく、気持ちの問題だ。
――話を戻そう。
翡翠湖への派遣は紅葉に決定した今、虚空島の探索任務には桔梗、流華、無月のいずれかが現実的な選択肢となる。
山脈地帯に隠された神社あるいは迷宮の発見――それが今回の任務の核心だ。
形式上は他藩への潜入にあたるが、山中にまで天上人の影響力が及んでいるとは考えにくい。
最大の脅威は、大自然の脅威、そして妖獣ぐらいなものだろう。
その点を踏まえると、今回の任務には安定した近接戦闘力こそが求められると言える。
流華や無月の潜入能力も魅力ではあるが、剣術レベル5の桔梗こそが最適任だ。
彼女の刀が振るわれるとき、敵は一太刀のうちに沈むだろう。
「分かった、桔梗に任せよう。補佐役は考えているのか?」
俺はそう問いかける。
彼女は確信を宿した頷きを見せた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!