「いやぁああああ!! 兄様! 兄様ぁ!!」
メルティーネ姫の悲鳴が響き渡る。
俺が発動した『アークライト・フレイム』は、エリオットを真紅の炎で包み込んでいた。
「……エリオット……」
ネプトリウス陛下がつぶやく。
彼も事態を苦々しく思っているのだろう。
だが、口を挟むことはなかった。
エリオットがやったことは反逆罪だ。
軽々しくうやむやにして無罪放免になど、できるはずがない。
「ぐああぁぁああっ!!」
エリオットは苦痛の声を上げる。
真紅の炎は彼の体を焼き尽くさんとばかりに燃え盛っているように見えた。
しばらくもがき苦しんだ後――炎は消え去る。
「……」
エリオットは、その場に倒れ伏した。
「兄様っ!」
メルティーネ姫が駆け寄る。
エリオットはぐったりとしており、もはや虫の息のように見えた。
「ナイ様! こ、ここまでする必要はなかったのではありませんか!? 兄様は……もう……」
メルティーネ姫が訴えてくる。
しかし、俺は首を横に振った。
「いいや、まだだ」
「そんな……!」
メルティーネ姫が絶句する。
俺はエリオットに対して、問いかけた。
「まだ意識はあるか? エリオット殿下」
「……ああ。なんとかな……」
エリオットは弱々しい声で言う。
しかし、その目は死んでいなかった。
「悪い夢を見ていたようだ……。自分が自分ではなくなっていくような感覚があった……。そう、リトルクラーケンを倒した直後から……」
「やはり、闇の瘴気に取り憑かれていようだな……」
俺はつぶやく。
エリオットの口ぶりからして、間違いないだろう。
「やみの……しょうき?」
メルティーネ姫が首を傾げる。
俺は彼女にも分かるように説明した。
「闇属性の魔力は、人の心を蝕む力を持っているんだ」
「そんな……! そんな危険な魔力が……どうして兄様に!?」
メルティーネ姫が信じられないといった様子で叫ぶ。
俺は首を横に振った。
「詳しい原因までは分からない……。だが、闇の瘴気は魔物にも取り憑くことがある。かつての人魚族たちの怨念が海の魔物に影響を与え、そこから経由してエリオット殿下に憑りついた……とも考えられる」
「そんな……」
メルティーネ姫は絶句した。
彼女にも思うところはあるのだろう。
しかし、言葉だけではもうどうしようもない。
「すみません……。父上、そしてメルティーネ……。俺は取り返しのつかないことを……」
「エリオット……」
「兄様……」
エリオットは力なく謝罪する。
ネプトリウス陛下とメルティーネ姫は沈痛な面持ちだ。
魔道具『玉手箱』を使用した副作用、闇の瘴気に汚染されたことによる精神的な負荷、そして俺との戦闘によるダメージ……。
エリオットの生命力は限界に近い。
「エリオット殿下……。どうか、お覚悟を」
俺は紅剣アヴァロンを構える。
意図を察したのだろう。
メルティーネ姫が息をのんだ。
「今、楽にしてやる……」
俺はアヴァロンを振り上げる。
そして――勢いよく振り下ろした。
「【神聖斬撃】」
聖なる力を秘めた斬撃が、エリオットの体を通り抜ける。
彼は安らかな笑みを浮かべたまま、眠りについたのだった。
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