「おおおっ! どっせぇぇい!!」
「うおおぉぉりゃあぁ!!」
「ぬおおおぉっ!!」
俺は威勢の良いかけ声と共に、次々と岩を運んでいく。
もちろん、人魚族の作業員たちも負けてはいない。
防壁の補修作業は、着々と進行していた。
「ちょっと休憩しようぜ」
「おっ。そうだな」
作業中、俺は他の作業員たちに声をかけた。
ちょうど昼時だ。
みんなも作業を中断し、休憩することに賛同してくれる。
「お疲れさん。ほれ、兄ちゃんも食えよ」
「ありがとう」
俺は人魚の作業員から差し入れを受け取る。
それは、見たことのないだった。
「これは?」
「海ぶどうだ。海底で採れる海藻の一種さ」
「ほほう。海の食材か」
俺の問いに、人魚の作業員が答える。
海ぶどう……。
ぶどうの海バージョンだな。
(ただ、このネーミングはどうなのだろうか?)
陸上のぶどうを知っている者が、新たに海でぶどうを見つけた――。
それならば当然の名付けではある。
しかし、彼ら人魚族はずっと海底で暮らしてきたはず。
彼ら視点では、このぶどうこそが普通のぶどうであり、陸上のぶどうが『陸ぶどう』となるのが自然だろう。
(いや……。これは俺の『異世界言語』の翻訳の結果だな)
スキルによって自動翻訳された結果が、この『海ぶどう』というネーミングなのだ。
陸上で生まれ育った俺が基準となっているため、俺にとって理解しやすいように『海ぶどう』と訳されていると考えられる。
「ふむふむ……」
俺は海ぶどうを口の中に放り込む。
これは――
「美味い!! 豊かでみずみずしい味がする。それに、噛むとぷちぷちとした食感がたまらないな」
「お!? 兄ちゃんは海ぶどうの良さが分かるか!」
「人族のくせに、見どころがあるじゃねぇか!!」
俺の言葉を聞いて、作業員たちが嬉しそうな声を上げる。
どうやら海ぶどうは、彼らの好物らしいな。
「まだまだあるぞ。どんどん食え!」
「ああ! ありがとう」
俺は差し入れをもぐもぐと平らげる。
そして作業員たちとの親睦を深めつつ、俺は休憩時間を過ごしていく。
「しかし、主食が果物だけなのは少し物足りな――ん!?」
俺は途中で言葉を切り、ある方向に顔を向けた。
そこでは、海ぶどう以外の何かを食べている者たちがいたのだ。
「あれは……?」
「おっと。兄ちゃんは見ない方が良かったかもな」
俺はそちらへ向かおうとするが、作業員の一人に引き留められる。
「どういうことだ?」
俺が問いかける。
すると、作業員は苦笑いをしながら答えた。
「俺たちは、生で魚を食べるんだよ。主食としてな」
「生で? 魚を?」
俺は興味を惹かれる。
「兄ちゃんは人族だろ? 人族ってのは、生魚が嫌いらしいじゃねぇか」
「……まぁそうだな。俺が住むサザリアナ王国に、生魚を食べる文化は浸透していない」
海洋都市ルクアージュでは、寿司店もあったが……。
あれはあくまで例外だな。
寿司や刺し身の類が王国全土で広く受け入れられているとは言い難い。
「だろ? 一応、人族に関する言い伝えも残されているんだ。『生魚を人族の前で食べるべからず』ってな」
「そうなのか……」
俺は少し複雑な気分になる。
生魚を食べない習慣に、合理性はある。
寄生虫を始めとした衛生的リスクを排除できるからだ。
しかし、彼らに残された言い伝えは……。
まるで、『かつて人族の前で生魚を食べたがゆえに差別された』ことを示しているかのようだ。
「俺たちだって、食べる魚はちゃんと選んでいるさ。里には加熱調理できる魔道具もあるし、生は生で多少の下ごしらえをしたりもする。狩ったばかりの魚の刺し身は最高だ。……だが、今ここで兄ちゃんに出す魚はねぇ」
「…………」
「誤解するなよ? 兄ちゃんのことを差別するつもりはねぇ。立派に力仕事をしてくれているからな。だが、見たくないものは見ない方がいい。そうだろう?」
「うむ……。そうだな」
俺は作業員に諭される。
この人魚の里では生魚を食べる文化が根付いている。
人族の評価など関係ないだろう。
彼らの食文化に口出しする権利など、俺は持っていない。
それに、俺個人の好みで言えば――
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