「ふむ。確かに防壁が補修されておる」
やって来た魔法師団の隊長っぽい女性人魚が、防壁を見て頷く。
俺はそんな彼女に向けて問いかけた。
「お前が団長か?」
「否。私は結界魔法担当の分隊長に過ぎない。団長は、エリオット殿下と共にリトルクラーケンの討伐へ向かっておられる」
「討伐か……」
そう言えば、エリオット王子はそんなことを言っていたな。
本人や戦士たちだけでなく、魔法師団のトップも連れていっているらしい。
それだけ重要な任務なのだろう。
無事に帰ってきてくれるといいが……。
(まぁ、今は目の前のことを見届けるか)
俺は気持ちを切り替えると、分隊長に向き直る。
「それで、結界魔法による補強作業とやらはいつ始まるんだ?」
「すぐに始めよう。……そなたがナイトメア・ナイト殿か?」
「ああ」
「エリオット殿下から話は聞いている。人族でありながら、それなりに役に立つらしいな」
「それなりに、か……」
俺は苦笑する。
まぁいいさ。
エリオット王子からの信頼は、これからもっと勝ち取っていけばいい。
「そなたは結界魔法に関して、どの程度の知識を持っている?」
「全く知らん。名前しか聞いたことがない」
「そうか。ならば、邪魔にならんよう端の方で見ているがいい」
「ああ、そうさせてもらうよ」
俺は頷く。
分隊長も頷き返すと、魔法師団のメンバーたちに向けて声を上げた。
「では、これより結界魔法の詠唱を開始する! 結界魔法を構成する主要メンバーは前へ! 残りは、後方から魔力補助をするように!!」」
「「はっ!!」」
分隊長の声に、数人の人魚が前に出る。
そして彼らは、一斉に呪文を唱え始めた。
「「我らが身に宿すは、守りの魔力! 不届きなる者の侵入を阻む壁となりて、この里に静寂と安寧をもたらすべし!! 【ヴェイル・フィールド】!!」」
呪文を唱え終えた直後。
彼女たちの身体から、淡い光が立ち上った。
そしてそれは、俺たちが補修してきた防壁の石材に吸収されていく。
「これが結界魔法か……」
俺はつぶやく。
見るのは初めてだな。
この結界魔法は、外部から認識しづらくなる効果があるらしい。
「うむ、上手くいった。次だ」
分隊長も頷く。
彼女は結界魔法の出来に満足しているようだ。
その後も、複数の結界魔法が防壁の周辺に施されていった。
「これで、今日の予定の7割は終了したな」
分隊長が呟く。
俺はその呟きに、問いかけた。
「まだ7割か?」
「ああ、そうだ。今回の襲撃を受け、結界魔法の重要性が見直された。一通りの結界魔法を展開した後、さらに重ねがけしていく予定となっておる。悠長にしている暇はない」
「なるほどな」
これも、ジャイアントクラーケンが討伐された影響と言っていいかもしれない。
人魚族にとって奴は危険な魔物だ。
討伐する方が良かったのは間違いない。
ただ、里の安全性という点だけで言えば、討伐によりやや危険が増している。
奴はその巨体ゆえ、里の周囲にある天然の岩石を抜けることが難しいだろうからな。
危険なのは、あくまで狩りや採取に出かけたときの話である。
そして今。
ジャイアントクラーケンがいなくなったため、他の魔物の行動範囲が変わった。
捕食者がいなくなったことで、今まで身を潜めていた他の魔物たちも活動的になっているのだ。
最大級の危険はなくなった代わりに、ぼちぼちぐらいの危険の数が増した形だな。
「さて、お前たち。まだまだ集中して――む? そこ、どうした?」
「あっ!? も、申し訳ありません!!」
分隊長に声をかけられたのは、一人の若い人魚だった。
彼女は後方で魔力補助を担当していた内の1人だな。
彼女は慌てて頭を下げると、謝罪の言葉を述べた。
「謝罪を要求しているのではない。どうしたと聞いておる。なぜ集中が乱れておるのだ?」
「そ、それが……。MPが尽きて来てしまいまして……」
「なに? 今日の予定はまだ3割も残っているというのに……」
分隊長は目を細めながら、その人魚に目を向ける。
彼女は恐縮しきった様子で俯いたままだ。
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