左手を解放された俺は、さっそくメルティーネを可愛がることにした。
両腕で彼女を抱きしめ、頭を撫で、口唇にキスをする。
「はわわ……ナイ様ぁ……」
メルティーネが真っ赤になって照れる。
そんな反応も可愛らしいな。
だが、俺の行動は少々迂闊だったようだ。
「ふざけるなよ! 人族などに、義兄上と呼ばれる筋合いはない!!」
エリオットが激怒している。
人族への偏見が控えめだった彼だが、やはり少しぐらいはあったのだろう。
俺とメルティーネの急接近により、人族への拒絶反応を引き起こしてしまったらしい。
「まぁ待て、エリオット王子」
「黙れ! 貴殿の言葉など聞くつもりはない!!」
エリオットは激昂する。
だが、これで『はいそうですか』と引き下がるわけにはいかない。
王子である彼から俺への評価は重要だ。
ミッション『10人以上の人魚族に加護(微)を付与せよ』を果たしていくためにも、エリオットからの評価を回復しておく必要がある。
俺はメルティーネの頭を撫でながら、彼女に問う。
「メルティーネ……。義兄上が怒っているぞ? どうしたらいいと思う……?」
「は、はい……。えっと……」
メルティーネは少し悩むと、すぐに答えを出した。
そして、エリオットに向かって言う。
「エリオット兄様! ナイ様をいじめちゃダメですの!」
「なっ……」
エリオットが呆気にとられる。
まさか、メルティーネに言い返されるとは思わなかったのだろう。
だが、そのおかげで少し冷静になったようだ。
「いや……俺は別にいじめているわけでは……」
エリオットはそう反論する。
だが、メルティーネの勢いは止まらない。
「ナイ様は私の恋人ですの! とっても優しくしてくれますし……キスもしてくれましたの! 将来は子どもを何人もつくって幸せに暮らす予定ですの! そのナイ様に、エリオット兄様は意地悪をするんですの!?」
「お、おい……メルティーネ……?」
今度は俺が面食らう。
メルティーネがここまで饒舌に、しかも情熱的に語り出すとは……。
意外な一面を見た気がする。
だがメルティーネが語れば語るほど、エリオットの顔色が悪くなっていく。
(これはこれで、やりづらいな……)
あくまで予定だが、エリオットは義兄になる存在だ。
年齢は俺の方が少し上っぽいが、メルティーネの兄である以上は敬意を示す必要がある。
エリオットからの評価を回復するためにも、ここは俺たちが引いておいた方がいいかもしれないな。
「メルティーネ、少し落ち着――」
「ふぁああ……。なんだか、騒がしいですね。何かあったんですか……?」
メルティーネを落ち着かせようと声をかけたとき、そこに第三者の声が聞こえてきた。
それは、人魚族の少女の声であった。
彼女の声はどこから聞こえたのか?
護衛兵たちの中?
洞窟の入り口方面?
いや、違う。
彼女の声は、俺のベッドの方から聞こえてきたのだ。
そこには、一人の少女がいた。
彼女は俺のベッドの上に横たわり、俺やエリオットたちに目を向けている。
(……マズイ!!)
俺の中で警報が鳴り響く。
ベッド上の少女は全裸だった。
そしてもちろん、知らない者ではない。
メルティーネの侍女、リマである。
俺は慌てて彼女に駆け寄り、毛布を掛ける。
(ナイト様……?)
(しっ! 静かに!)
俺は小声でリマに指示を出す。
だが、時すでに遅しだった。
エリオットが叫ぶ。
「おい! 誰だ、その女は!?」
エリオットの怒声が響き渡る。
毛布の中のリマは、驚いた様子で身体をすくめている。
そんな彼女をかばうようにして、俺は叫ぶ。
「待て! 誤解だ!!」
「何が誤解だ! 裸の少女を床に招いていたなど……」
エリオットが追及する。
だが、このまま押し切るしかない。
俺はリマをかばいながら反論する。
「ただの種族間交流だ! お互いの体の仕組みについて、教え合っていただけだ! 人魚族と人族の体の仕組みがあまりにも違うから、勉強していたんだ!!」
「嘘だっ!!! いかがわしいことをしようとしていたに違いない!!」
エリオットは聞く耳を持たない。
他の護衛兵も、彼に同調するような声を発している。
(マズイな……)
俺は心の中で焦る。
こんなことなら、リマとの交流は控えておくんだった。
エリオットの訪問が突然だったので、毛布の中で寝かしたまま放置するしかなった。
彼との会話が白熱したせいで、リマが起きてしまうとは想定外である。
「……ええっと。ナイ様、エリオット兄様……」
「おお、メルティーネ! なんとか言ってくれ!!」
「メルティーネ、お前も許しがたいだろう!? この男はとんでもない浮気性だぞ!!」
俺とエリオットは、それぞれメルティーネに加勢を求める。
なかなかカオスな状況だ。
次のメルティーネの一言はとても大きな意味を持つぞ……。
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