「俺の理解が不十分だったようだ。無闇にお前たちを怖がらせてしまった。すまない」
俺は頭を下げ、素直に謝罪する。
藩主としての威厳を保つため、過度にへりくだる必要はないが……。
必要以上に怖がらせる必要もない。
この女中たちは異常に怯えてしまっているし、下手に出てあげるぐらいがちょうどいいはずだ。
「い、いえ! そんな滅相もない!!」
「そ、そうです! お顔をお上げください!!」
女中たちは慌てて言う。
下手に出る作戦は、そこそこ成功か?
少し恐怖心が薄れているように見える。
しかし、まだどこかぎこちない。
藩主と平民の関係性とか、過去に『変態』と罵っただけではこうはなるまい。
この反応のぎこちなさは、いったいどこから来ているのだろう?
「高志様、彼女たちは……」
「ん?」
紅葉が何かを耳打ちしてくる。
ふむ……。
ああ、そういうことか!
俺はようやく納得する。
「幽蓮の処刑を耳にして、怯えているのか」
「は、はい……」
女中が小声で答える。
なるほどな。
彼女たちのこの反応は、幽蓮の件が原因か。
「しかし妙だな? 情報統制はしていたはずだが……」
「あ、あの……遠目ですけど、首だけになった幽蓮殿を見てしまって……」
あー、あれか。
そうか。
あのシーンを目撃してしまっていたのか。
ならば、ここで言うべきは……
「お前が見た通り、幽蓮は反逆罪で処刑した。しかし、お前たちはただの女中だ。過去の出来事を蒸し返して処罰するつもりはない」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、もちろんだ」
俺は力強く断言する。
城内の治安を維持するため、俺に歯向かった者を放置することはできない。
幽蓮のように直接的な武力行使をしてきた者は重罰の対象だ。
俺に向けて罵詈雑言を放った者がいれば、多少の罰は必要だろう。
しかし、藩主になる前の出来事を処罰するつもりはない。
これは……あれだ。
確か、法の不遡及というやつだな。
藩主や法律が変わる度に過去を蒸し返して処罰されるとなると、人々が安心して暮らせない。
法にはいくつかの原則があるが、その中でも不遡及は重要度の高い項目だ。
「あ、ありがとうございます!!」
「礼には及ばない。当然のことだ。ただし――」
俺の言葉を聞いて、女中たちは安心したかのように大きく息をつく。
そんな中、俺は言った。
「俺を襲ってくるなら、話は別だがな。ほら、やってみるか? 心臓に短刀でも突き刺せば、謀反者の俺を殺せるぞ?」
「い、いえ……っ」
「そ、そんな……」
女中たちは顔を青くする。
彼女たちの忠義度は低くないが、それでも恐怖心の方が強いか。
これでは仲良くなれそうもない。
まぁいい。
今はこれでいいだろう。
幽蓮の件は、確かに効いている。
桜花七侍の懐柔も順調に進行中。
そろそろ……景春の処遇について決定を下そうかな。
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