俺はメルティーネから労役を依頼された。
人族に対する偏見を少しでも無くすため、まずは人魚族の役に立つことをする感じだ。
特に問題はない。
それに、実は既にちょっとした仕事を始めていたりする。
「洞窟の外を見てみろ」
「えっと……あれ? 彼らは……」
メルティーネは洞窟の外を見やる。
そして、ハッとした顔になる。
「子どもたち……?」
洞窟の外には、数人の人魚族の子どもたちが集まっていた。
彼らは連れ立って、こちらに向かってきている。
「どうしてここに……?」
「まぁ、俺に会いに来たんだろうさ」
「ナイ様にですの?」
メルティーネが不思議そうにする。
俺は苦笑した。
「百聞は一見にしかずだ。彼らを出迎えてみてくれ」
「……はいですの」
メルティーネは子どもたちに向けて手を大きく振った。
彼女は王族として、人魚族の里で暮らしている。
人魚族に対する知名度は高いはずだ。
「あ! おひめさま!」
「おひさしぶりです」
子どもたちはメルティーネに気づくと、彼女に向かって駆け寄ってきた。
敬ってはいる様子だが、過度に緊張した様子はない。
王族とは言っても、里レベルの国ならばこんなものだろう。
それに、メルティーネの人格のなせる技でもあるか。
「久しぶりですの。みんな元気そうで良かった……」
「はい! おひめさまは?」
「ふふふ、元気いっぱいですのよ」
子どもたちがメルティーネと挨拶を交わす。
俺は、そんな彼らを微笑ましく眺めていた。
「それで、みんなはどうしてここに? 見ての通り、ここは人族の方を勾留している場所ですの。用もなく来てはいけませんのよ?」
「うーん……」
「確かに、父ちゃんにもそう言われたんだけどさ……」
メルティーネの問いに、子どもたちは悩む仕草を見せる。
そして、そのうちの一人が俺を見た。
俺は口を開く。
「こいつらは、結構な悪ガキでな。何日か前に、ここへ来たんだ。下等で愚かなカス人族にひと泡吹かせてやるって言ってな」
「え!?」
メルティーネがギョッとして子どもたちを見る。
彼らは慌てた様子で、口々に喋り出した。
「ち、違うんだよ! おひめさま!」
「そ、そうです! ぼくたちはそこまでひどいこと考えてませんから!」
「ただ、人族ってのはどんな種族なのか興味があって……」
「噂は聞いたよ! あのジャイアントクラーケンを倒したんでしょ!?」
「そんなに強いのかなって気になって……」
子どもたちは口々に言う。
かなり必死な様子だ。
「はははっ。すまん、冗談だ。そんなことは言われていない。こいつらは、最初は遠目から俺を見ていただけさ」
「うん。でも、もっと近くで見てみたいと思って……」
「そしたら、ぼくが転んでケガしちゃったんだ」
ここ『海神の大洞窟』は、特殊な場所であり地上に近い環境だ。
人魚族が普段生活している場所からここに来ると、海中環境から地上環境に切り替わることになる。
慣れている人魚族であれば、尾びれを利用して歩くことが可能だ。
だが、不慣れな者は転倒することも多いようである。
人魚族にとっての地上歩行は、人族にとっての水泳に近い感覚かもしれない。
「それで?」
メルティーネが話の続きを促す。
子どもたちは少しバツの悪い顔をした。
「……えっとさ。すぐに引き返して治療してもらおうと思ったんだけど……」
「この人が治療魔法を使えるって言うから……」
「つい、治療を受けちゃったんだ」
子どもたちがチラチラと俺を見る。
侍女リマから聞いた話によれば、子ども世代は人族に対して極端な悪感情は持っていない。
だが、大人世代が人族を嫌っていることは知っているのだろう。
だから、こうして大人の視線を伺うような仕草をしているわけだ。
「それで治療が終わった後もさ……この人のことを無視できなくて……」
「話しかけに行っちゃったんだよな……」
「うん。そしたら、この人が面白い話をたくさん聞かせてくれて……」
「いろいろ教えてくれたんだ!」
「それに、『他にも悪いところを治してやる』って言ってさ! こうして、毎日のように来てるんだ!!」
子どもたちが口々に言う。
どうやら、俺の冒険話や治療魔法は好評らしい。
俺は思わず微笑む。
一方、メルティーネは困惑しているようだった。
「そ、そうでしたの……。ナイ様は……本当に素晴らしい方ですの。私が伝えるまでもなく、人魚族と人族の架け橋となろうと……」
「別に大したことじゃないさ。俺は、やりたいようにやっているだけだ」
「ナイ様……!」
メルティーネが感動したような顔をする。
寄ってきた子どもと適当に雑談したり治療魔法をかけたりしていただけなのに、ここまで感激されるとは……。
何だか申し訳ない気持ちになるな。
「これなら、さっそく次の段階に進んでいただけそうですの……!」
「次の段階?」
「里の内部へ案内して、手伝えそうな仕事を探してほしいですの。大人世代の悪感情は強いですけど、それだけ効果も大きいかと思いますの」
「それはいいな。ぜひお願いしたい」
メルティーネの提案に、俺は即座にうなずいたのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!