「……おわっ!? お、おっぱい!?」
目が覚めると、俺は柔らかい何かを触っていた。
慌てて手を引っ込める。
ええっと、何がどうなっていたんだっけ……。
……そうだ、思い出した。
俺は治療魔法使いになったのだった。
異世界と言えば、冒険者。
読み物としては確かにそうだ。
しかし、現実となればわけが違う。
俺はこの世界に転移してきて、状況整理もままならないまま魔物に襲われた。
あれはトラウマ級の恐ろしさだった。
俺は思い知った。
剣士などの近接職は、俺には無理。
弓士や攻撃魔法使いならマシだろうが、いずれにせよ多少の危険はある。
そこで、危険の少ない仕事を探した。
最初に考えた候補は、鍛冶師・料理人・栽培人あたりだった。
だが、鍛冶や料理には施設が必要だし、栽培には土地が必要だ。
転移してきたばかりの俺には、そのいずれもアテがなかった。
そこで、治療魔法のスキルを取得することにした。
治療魔法使いなら、固定の店を構えなくとも何とかなる。
初めは路上で低級の治療魔法を受け付け、日銭を稼いだ。
幸いなことに、魔物討伐だけじゃなくて魔法の行使でも経験値が入る仕様だった。
俺は新たに得たスキルポイントを使用し、治療魔法関連のスキルを集中的に伸ばしていった。
そして、転移から数か月が経過した今。
こうして、診療所を構えるぐらいには金銭的な余裕を得ている。
治療魔法使いとしては、既に準一流の域に達しているだろう。
スキルポイントに余裕がないため、戦闘系スキルは伸ばせていないが……。
特に大きな問題はないはずだ。
「いや、失敬。考え事をしてしまった」
俺は目の前の女性に話しかける。
彼女は不思議そうな顔をしていたが、特に追及はしてこなかった。
治療魔法は、とても便利な魔法だ。
しかし、万能ではない。
効率良く行使するには、対象者の不調の原因を正確に把握する必要がある。
そのため、俺はこうして視診や触診をしているわけだな。
別に、下心があってやっているわけじゃないぞ?
その証拠と言っていいかは分からないが、俺は彼女の名前も知らない。
あくまで、たくさんいる患者の中の1人に過ぎないのだ。
「それでは、お大事に」
俺は彼女を見送る。
そして、次の患者さんを待っていたのだが――
「……? な、なんだ、お前たちは……!?」
突然、診療所に武装した人間たちが入ってきた。
彼らは剣を構えている。
「な、なんのつもりだ? 一体、何がどうなって……?」
俺は困惑した。
とてもじゃないが、穏やかとは言えない状況だ。
「俺はただの治療魔法使いだ。人から恨まれる覚えは――ぐあっ!?」
突然、俺は勢いよく床に押し倒された。
背中から叩き付けられ、鈍い痛みが走る。
まさか強盗か……!?
今まで一度もこんなことはなかったはずだが……。
俺は慌てて周囲を見渡す。
しかし、彼らは部屋を荒らそうともしていない。
目的は、どうやら俺のようだ。
「クソっ……! 放せ!!」
俺は全力で抵抗する。
だが、びくともしなかった。
俺は元無職。
筋トレをずっとサボっていた、ひ弱な男にすぎない。
俺なんかが彼らに勝てるはずもなかった。
せめて、戦闘系のスキルを取っていれば……。
治療魔法関係のスキルに特化しすぎてしまったか……。
「ぐっ……!」
俺は頭を床に押さえつけられたまま、後ろ手に縄で拘束される。
そして、そのままどこかへと連れ出されたのだった――
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