シトニとクトナの奪還作戦の続きだ。
俺、ユナ、ミティ、アイリス、モニカ、ニム。
それに、アルカと村の戦士たち。
みんなで東門を無事に突破した。
多少の負傷者はいるが、俺やアイリスの治療魔法によりほぼ全快している。
街の中央にあるという領主邸に向けて駆けていく。
「よし。このまま一気に領主の屋敷にまで攻め込むぞ!」
「ふふん。ただし、あくまで目的はシトニとクトナの奪還よ! 無用な戦闘は避けるように!」
「「「うおおおおお!!!」」」
みんなで雄叫びをあげながら、前進していく。
街には人通りが少ない。
俺たちが攻めてきたことを知っているのだろう。
家や店の扉や窓も閉められている。
ちょうどいい。
一般人に被害は出したくないしな。
このまま、街の中央あたりにあるらしい領主邸に向かって全速前進DA!
そんなことを考えつつ道を進んでいると……。
ドゴオオオン!
「うわー!」
「きゃー! 化け物よ!」
「だれか、だれか助けて!」
なんだ?
大きな物音と悲鳴が聞こえてきた。
俺たちが向かっている方向からだ。
「何かあったのだろうか?」
「わからない。大きな獣が暴れているみたいだけど」
モニカがそう言う。
俺とモニカは、聴覚強化レベル1を取得している。
遠くの物音を聞き取る能力は一般人よりも上だ。
特にモニカは、兎獣人の生来の特徴として聴覚に優れている。
向かっている方面で何が起きているか、俺たちより少しだけ正確に把握できていることだろう。
しかし、物音や話し声だけで把握できる情報量には限界がある。
実際に見てみないと何が起こっているか詳しくはわからない。
「急ぎましょう」
「そうだね。厄介なことになってないといいけど」
ミティとアイリスがそう言う。
みんなで走る速度を速める。
はたして、何が起きているのだろうか。
●●●
ディルム子爵の屋敷の前に着いた。
これは……。
屋敷や、周囲の一般住宅が損壊している。
ここに来るまでに、逃げていく人々とすれ違った。
今ここに、一般人は残っていない。
残っているのは、警備兵たち。
そして……。
「な、なんだあれは?」
「すごく……大きい獣ですね」
俺の言葉に、ミティがそう答える。
その通り。
とても大きな獣が暴れていた。
体長は3メートル以上はあるか。
それにしても、いびつな印象を受ける獣だ。
虎、熊、鳥、蛇、狼。
いろいろな生物の特徴が混ざったような外見をしている。
いわゆるキメラっぽい感じだ。
「き、君たち、ここで何をしている!」
「は、早く逃げなさい! こいつは我々に任せてくれ」
「ええい。他の副隊長たちの到着はまだか!」
警備兵たちが、俺たちに向かってそう言う。
どうやら、不測の事態のようだ。
このキメラが何らかの事情により街中に現れ、その対応をしているといったところか。
警備兵の指示に従い、俺たちは彼らから少し距離をとる。
「みんな。領主邸周りは、どうやら混乱しているようだ。このスキに2人を救いに向かうか?」
俺はみんなにそう問う。
この街の住人や警備兵には悪いが、俺たちにとってこれはチャンスだ。
ドサクサ紛れにシトニとクトナを救出すれば、丸く収まるかもしれない。
「ふふん。それも悪くないけど……。さすがにこの惨状を見て何もしないのはね」
「そうだね。ボクも、困っている人たちを見過ごすことはできないかな」
ユナとアイリスがそう言う。
「で、でも、タカシさんの言う通り、これはチャンスでもありますが……」
「うーん。難しいところだねえ」
「あはは。僕はどっちでもいいよー」
ニム、モニカ、アルカがそう言う。
ユナがしばらく考える。
「……決めたわ。みんなであれを止めましょう。赤狼族の誇りにかけて、見過ごせないわ!」
「いいのか?」
「ええ。シトニとクトナの救出はそれからでも遅くないはず。それでいいわね? みんな」
「「「おうともよ!」」」
ユナや村の戦士たちがそう言うのであれば、俺としても異論はない。
ミティやアイリスもうなずいている。
俺たちは、再び警備兵やキメラに近づいていく。
キメラは、家屋を夢中で壊しているところだ。
警備兵たちは、それを遠巻きに見ている。
キメラが積極的に人を襲っているわけではないので、様子を見ているといったところか。
副隊長たちに救援を要請しているような口ぶりだったし、時間稼ぎに徹しているのだろう。
警備兵たちに話しかける。
「皆さん。事情はわかりませんが、助太刀しましょう。あの獣を抑え込めばいいのですね?」
「あ、ああ。君たちは見ない顔だが、冒険者か何かなのか? 助太刀は助かるが……」
「いや、俺はそいつらを見たことがあるぞ。冒険者のタカシとアルカだ! それに、冒険者パーティのミリオンズだ!」
警備兵の1人がそう言う。
やはり、特別表彰者である俺とアルカはある程度の知名度があるようだ。
「ミリオンズ? ディルム様が捕縛対象に指定していた……」
「そんなことを言っている場合か! まずはこのキメラを何とかするのが先決だ!」
警備兵同士でもしばらく問答があったが、最終的には俺たちと共闘することになった。
「様子見は終わりだ! こちらから先制攻撃するぞ。……迫撃砲用意! 撃てえ!」
上官に従い、兵たちが複数の迫撃砲を放っていく。
この街への侵入時に、俺たちに向けて放たれたものと同じタイプのものだ。
直径数十センチぐらいの鉄球を放つ。
確かにあれなら、直撃さえすれば確かなダメージが期待できるだろう。
俺たちミリオンズは、各自様々な方法で迫撃砲を無力化した。
俺はオリジナル火魔法のバーンアウトで鉄球を瞬時に蒸発させた。
ニムはロックアーマーで受け止めた。
ミティはハンマーで打ち返した。
このキメラはどういう反応を示すか。
かなりの巨体だし、避けるのは難しそうだが。
俺は様子を見る。
ドゴオン!
いくつか鉄球が無事にキメラにヒットした。
ヒットしなかった鉄球は、家屋などに当たった。
辺りに土煙が立ちのぼる。
「やったか!? へへ、ざまあ見ろ!」
兵の1人がそう言う。
確かに、あの威力ならキメラを戦闘不能にまで追い込んでいてもおかしくはないが……。
土煙が晴れていく。
キメラが再び視界に入ってくる。
しかし。
「なっ!? ダメージなしだと……」
兵の1人が動揺した声でそう言う。
正確に言えば、多少のダメージは入っている。
しかし、戦闘不能には程遠いダメージだ。
人で言えば、軽い打撲ぐらいだろうか。
「オオオオォ!」
キメラが暴れだす。
家屋にさらなる被害が出る。
まだこちらを標的とした攻撃は始まっていないが、時間の問題だろう。
「副隊長! 撤退すべきでは!?」
「……ぐっ。しかし、俺たちがここを離れれば、いったいだれがこの街を守るのだ! 隊長たちも不在なんだぞ」
一般兵の進言に対し、副隊長の男がそう言う。
隊長たちが不在なのは、俺たちがウォルフ村の防衛戦で撃破したからだ。
彼らは今、捕虜としてウォルフ村に捕らえられている。
正直すまんかった。
でも、街でキメラが暴れだすことなんてわかるはずがないし、そもそも攻めてきたのはそっちだし。
俺は悪くない。
なにはともあれ、まずは目の前のキメラを何とかしないと。
迫撃砲が通用しない今、俺たちが主力となって戦う必要がありそうか。
そんなことを考えつつ戦闘態勢を整えていたとき。
3人の人影が屋敷のほうから現れた。
「ふん。警備兵ども、よく足止めをしてくれたな。あとは俺たちに任せときな」
1人の男がそう言う。
年齢は20代くらいか。
ウィリアムという名前は聞き覚えがある。
シトニとクトナの誘拐の実行犯だ。
この口ぶりだと、キメラの戦いに手を貸してくれるようだ。
「ウィリアム様。私めも微力ながら援護させていただきます」
ウィリアムの傍らの女性がそう言う。
こちらは10代後半くらいか。
猫耳が生えている。
猫獣人だろう。
「……俺も戦うぞ……」
大柄な男がそう言う。
どこかで見た顔だ。
ええと……、そうだ。
ディルム子爵の護衛として、ウォルフ村まで来ていた男だ。
「お、おお! ウィリアム君! それにジャンベス殿まで。君たちが来てくれたのは心強い」
「ありがとう。粘ったかいがあったよ」
警備兵たちがそう言う。
このウィリアムとジャンベスは、ずいぶんと信頼されているようだ。
「あはは。昨日ぶりだね。ウィリアム君」
「ふん。アルカか。あの村でやりたいこととやらはできたのか?」
「あはは。今は半分だけだね。ウィリアム君が攫った2人を無事に救出できれば、僕の望みは叶うんだけど」
アルカがそう言う。
彼女は、ウォルフ村からレッドウルフ1匹を譲り受けることを条件に、この奪還作戦に同行している。
このウィリアムは、今はさほど敵対的な雰囲気を感じない。
しかし、彼はシトニとクトナを誘拐した実行犯である。
言うべきことは言っておかないといけない。
「ウィリアムといったか。シトニさんとクトナさんを解放してもらおうか」
「ふん。お前は紅剣のタカシか。……あの2人なら、もう俺は興味ねえ。連れ戻すなら好きにしろ。しかし、その前に……」
「このキメラか。確かに、まずはこいつをどうにかしないとな」
シトニとクトナは誘拐はされたものの、今すぐに命の危険が迫っているというわけではないだろう。
たぶん。
それに対して、キメラは目前に迫った大きな脅威である。
こいつを放っておくと、人命や家屋に多大な被害が出てしまうだろう。
俺、アルカ、ウィリアム。
やや後方にユナ、ミティ、アイリス、モニカ、ニム。
そして、猫獣人の女、ジャンベス。
ウォルフ村の戦士たち。
警備兵たち。
みんなで、キメラに対峙する。
「それにしても、ずいぶんと豪勢な面々が揃ったもんだ」
1人の警備兵が訳知り顔でそう言う。
「ギルド貢献値5200万ガル、”支配者”のウィリアム」
「ギルド貢献値3000万ガル、”紅剣”のタカシ」
「ギルド貢献値2200万ガル、”ビーストマスター”のアルカ」
彼がそうつぶやきながら、俺たちの顔を満足気に見る。
昨日アルカから聞いた通り、ウィリアムとアルカも俺と同じく特別表彰者だ。
キメラと戦う上で、頼りになるだろう。
また、今後の冒険者活動においては、仲間でありライバルにもなる。
彼らの戦闘をじっくりと見させてもらおう。
「むっ! あなたは、見たことがある顔ですね……。確か名前は、ニューと言いましたか」
ミティが猫獣人の女に対してそう言う。
そういえば、ミティはガロル村の防衛戦で、猫獣人の女と戦ったと言っていたな。
この女がそうだったのか。
「また会ったな。ミティ=ハイブリッジ」
ニューがそう言う。
彼女とミティの間に火花が飛び散る。
「ふん。やめろ。ニュー。今はキメラを抑えるのが先だ」
「はっ! ……そういうわけだ。今は貴様と戦うつもりはない。せいぜい我らの足を引っ張らないことだな」
ニューがそう言う。
ミティはムッとした顔をしているが、直接的に争う気はなさそうだ。
さて。
彼らと共闘して、無事にキメラを倒すことができるのだろうか。
気を引き締める必要がある。
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