意識を失ったタカシは、人魚メルティーネによって海底近くまで連れてこられた。
人魚の里の、入り口手前である。
人魚の加護があるので、呼吸や水圧の諸問題は全く心配無用だ。
しかし、彼をまた別の問題が襲った。
「薄汚い人族など、里に入れるべきではない!!」
「なぜメルティーネ姫はこのような者を連れて来られたのだ……。人魚の里に、他種族を入れるわけにはいかん!!」
「そうだ、そうだ! すぐにでも海上へ送り返せ!!」
「いや! それだけでは足りん! そやつはジャイアントクラーケンにあれほどのダメージを与えた男……! 危険極まりない!! 海の藻屑にすべきだ!!!」
「ああ! 我らは海の守護者たる人魚族……。たかが人族ごときに後れを取るなどあってはならないことだ!」
「彼の存在は許容できん! 即刻処刑せよ!!」
人魚族の戦士たちは口々にそう叫ぶ。
タカシは現在、里の戦士たちに囲まれている状態だ。
まだ意識を失ったままであり、このままでは処刑されてしまうかもしれない。
「待たれよ! 彼が危険なことは事実だが……恩を仇で返すのは人魚族の誇りに反する!!」
「その通りだ! ジャイアントクラーケンは、我ら人魚族に多大な被害を負わせてきた宿敵……。それを討伐できたのは、彼が奮戦してくれたおかげだ!! 処刑などあんまりだろう!! 無力化させるだけで十分である!!」
「ここは1つ、両腕を切り落とすのはどうか? 剣術を操れなくなる上、魔法発動にも適度に悪影響を及ぼせるだろう!」
「おお、なるほど。それは名案だ!」
人魚族の戦士たちは、タカシの処遇について議論を進めている。
過激派は、タカシの処刑。
穏健派は、タカシの両腕切断。
議論が進む中――。
「お待ちくださいですの!」
メルティーネの声が響き渡った。
人魚たちは一斉に彼女の方を向く。
「どうして、彼を害する方向で話が進んでいるんですの? 彼は命をかけてジャイアントクラーケンと戦ってくれたですのよ!?」
メルティーネが抗議した。
過激派の『処刑』方針が論外なのはもちろんだが、穏健派の『両腕切断』方針ですら彼女には許容しがたいものだった。
「メルティーネ姫……。お言葉ですが、人族など信用できるものではありませんぞ?」
「しかし……彼がいなければジャイアントクラーケンの脅威は残り続けていましたの。それに、彼は私を攫った人族を倒してくださったこともあるのです」
「それはどちらも、我らを利するために行ったものではないでしょう。彼は彼の利に従って行動しているはず……。一見すると共栄できそうに見えるのは、偶然の産物ですな」
「う……」
メルティーネは言葉に詰まった。
確かに、タカシの行動はあくまで利己的なものに思える。
ジャイアントクラーケンも、メルティーネを助けるために倒したのではなく、彼の仲間が乗った船を逃がすために戦っていただけだ。
「で、でも――」
「メルティーネ姫。なぜそこまで、人族を庇うのです? もしや……その人族に洗脳されてしまったのでは……」
「違うんですの!!」
過激派の1人が口にした意見に、メルティーネは即座に否定した。
洗脳などされていない。
彼女は心からタカシのことを愛しているのだから……。
きっかけは、ただの一目惚れだ。
だが、かつて自分を攫った憎き相手を倒してくれた。
そして、里の宿敵であるジャイアントクラーケンと戦ってくれた。
人族でありながら自分たちを助けてくれた。
まだまともに世間話すらしていないが……。
彼女はタカシのことを運命の相手だと思っていた。
「彼は私の初恋の御方ですの!! ファーストキスだってしましたのよ!?」
メルティーネが真っ赤な顔で叫んだ。
初恋の御方……ファーストキス……。
人魚族の戦士たちは、硬直するしかなかった。
「姫様!?」
「メルティーネ姫、なんということを……!」
「人族へ人魚の加護を与えるなど……侵略の足がかりを与えるようなものでは……! それに、王族たるあなたの加護は一際強力なものになったはず……」
「そればかりではない!! よりにもよって、これほど危険な人族へ付与されたのだぞ……!!」
「単独でジャイアントクラーケンに渡り合った怪物……。彼がその気になれば、我々など……」
「彼1人で、人魚の里が滅ぼされかねない……! やはり、目を覚まさない内に処刑しておくべきでは……!!」
人魚族の戦士たちが口々に叫ぶ。
メルティーネの発言は、過激派の者たちに衝撃を走らせたようだ。
「彼はそんなことしませんのっ!!」
メルティーネが再び抗議した。
運命の相手を、これ以上悪く言われたくない。
「もし彼が害されることがあれば……私の血を全て捧げる覚悟で治療いたしますの!! そして……彼と一緒に里を出て行きますのっ!!!」
メルティーネが叫ぶ。
その瞬間、人魚族の戦士たちは絶句した。
「そ、そんな……! メルティーネ姫が里を離れるなど……!!」
「それはいけません!! どうか、考え直してください!!」
「我らは貴女を失いたくないのです!!」
人魚族の戦士たちが口々に叫ぶ。
人魚族の王族は特別な意味を持つ。
彼女が里を離れるなど、他の人魚族からすれば悪夢そのものだ。
しかし、彼女は強硬な態度を崩さない。
それを見て、戦士たちは折れざるを得なくなった。
「わ、分かりました……。そこまでおっしゃるのでしたら……」
メルティーネがここまで強い意志を見せたのは初めてだ。
さすがに逆らえないと思った人魚族の戦士たちは妥協案を示す。
「『魔封じの枷』と『闘気封印の縄』で縛り、牢屋に閉じ込めます。両腕の切断は止めておきましょう……。そして、国王陛下や大臣たちにも相談し、対応策を考えます。もっとも……目を覚ました彼が少しでも不穏な動きをすれば、その時は問答無用ですぞ?」
「分かりましたの」
メルティーネがうなずく。
こうして、タカシは意識を失ったまま、人魚の里の中に運び込まれていくのだった。
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