タカシがトパーズにうつつを抜かしている間にも、ミティとロッシュの勝負は続いていた。
「レイズです!」
「もちろん勝負するぜ」
ミティとロッシュは、ほぼ同時にカードを開いた。
「ツーペアです」
「スリーカード」
またもやロッシュの勝ちだ。
総支配人である彼には、ミティの強気戦法は通じなかったのである。
「これはロッシュの圧勝だな……」
「あの謎の嬢ちゃんの快進撃もここまでか」
観客たちはミティの敗北を確信したのか、ざわつき始めた。
しかし、ミティは諦めていなかった。
「まだです……。私は負けません!」
ミティはそう言うと、テーブルの上に置いてあったチップを手に取り、中央に積み上げた。
「ほう……いい度胸じゃねえか。だが、そんなに大量の金を賭けて大丈夫なのか? 負ければ、全部失うことになるんだぜ?」
「構いません! ここまで来れば、一か八かです!!」
ミティの表情には強い決意が滲んでいた。
「ふん。大言壮語を吐いたことを後悔させてやるぜ!!」
ロッシュはそう叫ぶと、ミティと同じ量のチップをテーブル中央に乗せていく。
「おおー! これはすごいことになったぞ!」
「どっちが勝つと思う?」
「そりゃあ、やっぱり頭目の方だろ」
「いやいや、ここは嬢ちゃんの方に賭けてみるぜ」
「総支配人が負けることはないと思うが……」
観客たちも盛り上がってきたようだ。
「それでは最後の勝負ですね……」
「ああ……」
ミティとロッシュは、互いに睨み合いながらカードを手に取る。
そして不要な手札を捨て、カードを補充する。
その流れに、一切の不自然な点はない。
イカサマなしの真っ向勝負だ。
「いきます!」
「こい!」
2人は勢いよく手札を開く。
「スリーカードです!」
「フルハウスだ!」
最後の勝負は、ロッシュの勝利に終わった。
ミティの勝利への渇望は、運を味方にできなかったのだ。
「へへへ。これで嬢ちゃんの手持ちはゼロになったな」
「…………」
ロッシュの言う通り、ミティの手持ちチップはゼロになった。
最後の大勝負が空振りに終わったからだ。
「後は……へへ。パンツでも賭けていくか? 今なら特別に金貨1枚分のチップとして扱ってやってもいいぜ」
ロッシュがそう提案する。
薄幸の少女ノノンにも似たような提案をしたことがある。
彼はこうして、少女のパンツを集めるのが趣味だった。
(へへ。また活きの良いブツが手に入りそうだぜ)
闇ギルドの頭目である彼がその気になれば、実力行使で集めることもできる。
だが、彼はそうしなかった。
暴力によってパンツを無理やり奪う行為は、彼の美学に反するからだ。
自分の力量不足によってパンツを差し出さざるを得ない状況に追い込んでこそ、パンツは光り輝くのである。
「…………」
ロッシュの提案を受け、ミティは沈黙する。
無理もない。
このような選択を迫られては、女性としては悩まざるを得ないだろう。
「ゆっくり考えな。とりあえず、この勝ち分のチップは俺がもらっておくぜ」
ロッシュが、ミティの賭け分であったチップに手を伸ばす。
その時だった。
ガン!!!
カジノ中に大きな音が響いた。
それは、ミティが手持ちのナイフでロッシュの手の甲を突き刺した音だった。
「!!??」
ロッシュの思考は一瞬停止した。
自分が何をされたか理解できないのだ。
「ぐあぁあーっ!!」
少し遅れて叫び声を上げるロッシュ。
彼は痛みから逃れようとするが、それはできない。
手がナイフによってテーブルに縫い付けられているからである。
「キャーッ!!」
「なんだなんだ?」
「何が起こったんだ?」
観客たちは騒然とする。
「アアァアーッ!!!」
悲鳴を上げ続けるロッシュ。
そんな彼に向かってミティが語りかける。
「あなた……さっきの勝負でイカサマしましたよね? そうでしょう?」
「…………!!?? 何だと!? 変な言いがかりをつけるんじゃねえ! 俺は”ギャンブル王”だぞ! イカサマなんざ絶対にしねぇ!!」
ロッシュがそう主張する。
事実、彼は自らが一方的に有利となるイカサマはしていなかった。
その逆はあったが。
薄幸の少女ノノンのギャンブル初日には、彼女の手がいいものになるように仕組んでいた。
それで調子に乗った少女を追い詰め、屈辱感を味あわせながらパンツを奪い取る。
彼の常套手段だった。
「しました。あなたはイカサマをしたのです」
ミティがそう断言する。
「……おい、何だあのムチャクチャな嬢ちゃんは……!! 今のはどう見てもフェアなゲームだっただろ?」
「……よせ、口に気をつけろ。今気付いたが、あの嬢ちゃんは……」
観客たちがヒソヒソと話し始める。
ミティの正体に勘付き始めているようだ。
「ターキース様! ターキース様!!」
ミティが大声でタカシを呼ぶ。
まだ偽装潜入は続いているため、最初に決めた偽名を呼んでいる。
「ん? 何だ? ベティ」
バーカウンターに座っていたタカシが振り向く。
彼はトパーズたちへのセクハラに夢中で、ミティの勝負を見ていなかったようだ。
「あなたも見ましたよね? この男、神聖な勝負の場でイカサマをしやがったのです!」
ミティがロッシュを指差す。
「イカサマ?」
タカシが首を傾げる。
最後の勝負を見ていなかったので、どう答えたものかと考えている様子だ。
(最初の方のゲームでは、イカサマの様子はなかったが……)
タカシは少しだけ考えた後、すぐに口を開く。
「……ああ。はは……そうだな。そいつはイカサマをした」
タカシは笑いながら答える。
そして、追い打ちをかけるように言葉を続ける。
「俺も見ていたとも。真剣な勝負の場でイカサマとはな。まったく汚い野郎だぜ!」
実際のところ、タカシはイカサマの現場を見ていない。
そもそもロッシュはイカサマをしていないのだから、当然だ。
(ふん……。真実などどうでもいいのさ。ミティが黒と言うのなら、白も黒になる)
タカシは妻を溺愛している。
特に第一夫人のミティに対しては凄まじい寵愛ぶりだ。
一般的な愛の形の1つとして”過ちを咎める”というものも考えられるが、彼のミティへの愛は”全ての行為を全肯定する”というものだった。
「……てめぇら、いい加減なことを……!! 俺が誰だか分かってるのか!?」
ロッシュが叫ぶ。
彼は闇カジノの総支配人にして、『闇蛇団』の頭目。
一般人が楯突いていい相手ではない。
彼がカタギに対して暴力を振るわないのは、あくまで美学に基づくものだ。
手を出されて黙っている彼ではない。
だが……。
「【アイス・スピア】」
「ぐあっ!!」
タカシが放った氷の槍が、ロッシュの足を貫く。
「ふんっ!」
「あぐ……」
ミティが被せるようにして酒瓶を振り下ろし、ロッシュの後頭部を強打する。
彼の全身は酒まみれとなった。
「ホレ、さいなら」
最後にタカシが放った火魔法がロッシュの酒に引火する。
ボウッ!
ロッシュは一瞬にして炎に包まれたのだった。
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