黒狼団を撃破した俺たちは、王都へと戻り始める。
途中でイリーナやゼフと合流した。
「ええっ!? もう倒しちゃったの!?」
「ああ。俺たちの手にかかれば、こんなものだ」
「……さすがだ。某の想像を遥かに超えている……」
ゼフは褒めてくれるが、俺としては少し微妙な気分だ。
金貨が足りなかったのだから。
俺はその事実を共有する。
3人で話して解決するような内容でもないので、そのまま王都に戻ることになった。
10人以上いる黒狼団の内、2人はイリーナが担いで走っている。
ゼフは、黒いマントを霧状に変化させて3人を運んでいる。
そして残りは、俺とマリアの重力魔法によって浮かせての移動だ。
これぐらいの人数なら、何とか対応可能である。
人数が増えた分、さすがに行きほどのスピードは出ないけどな。
「ピピッ! スピードが遅いため、遺失物を回収する余裕があります」
バシュッ!
ティーナの腕がロケットのように飛んでいったかと思うと、少し離れたところの地面を掠めてまた戻ってきた。
「なんだ?」
「これをお収めください。マスター」
飛んできたティーナの腕が、俺の前で止まる。
彼女の手から渡されたのは……。
「おおっ! 金貨じゃないか。まさか黒狼団の?」
「ピピッ! 今回の件とは無関係な金貨である確率、99.9パーセント。1年以上前に遺失されたものだと推測されます」
「ふむ……。純粋な落とし物か」
サザリアナ王国における金貨は、日本円にして1万円ぐらいのイメージだ。
もちろん、食費、服飾費、医療費、人件費などの相場観が日本とは大きく異なるので、目安程度にしかならないが。
それにしても、金貨の落とし物はなかなか珍しい。
10円玉くらいの落とし物ならともかく、1万円札の落とし物はレアだ。
「これはありがたくいただいておこう」
「ピピッ! それがよろしいでしょう」
サザリアナ王国の法体制はかなり整っている。
だが、細かいところでは日本と異なる点も多い。
遺失物に対する規定は、かなりいい加減だったように思う。
金貨1枚程度なら、別に衛兵や騎士団に届けるまでもなく、ちょろまかしても実質的な問題は何も生じない。
俺はティーナから引き続き遺失物を受け取ったり、イリーナやゼフと多少の情報交換をしたりしつつ、王都へ進んでいく。
「ん? あれは……」
外壁が見えてきたところで、門の前に見知った顔が立っているのに気付く。
「ふん! もう帰ってきたか! さすがは我の見込んだ男である!」
「ただいま、ベアトリクス。心配して待っていてくれたのか?」
「そ、そんなわけない! ……こともないのだが!」
「そうか。ありがとう」
「べ、別にお礼を言うようなことではないっ! お前は、我の婚約者なのだからなっ!」
「ああ。そうだな」
俺はベアトリクスのツンデレを堪能する。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
「実は、いいニュースばかりでもなくてな。回収した金貨なのだが……」
「分かっておる。足りなかったのだろう?」
「まあそうなんだが、何故分かった?」
「市民からのタレコミがあってな。ジャラジャラと音の鳴る袋をやり取りしている不審な者たちがいると。どうやら黒狼団は、盗んだ金貨の一部を他の盗賊団に渡していたらしい。後で合流するつもりだったのか、何らかの便宜を図らせるためなのかは知らぬがな」
「なるほど……」
黒狼団は大型の盗賊団だ。
しかしもちろん、彼らがサザリアナ王国における全ての悪の元凶というわけでもない。
王都は比較的治安のいい街だが、それでもスラムは存在する。
そこに住まう貧民たちは、日々の暮らしにも困っていることが多い。
彼らは彼らの事情があり、彼らなりの正義感をもって悪事に手を染めているのだ。
「ハイブリッジ。足りなかった金貨はどれほどだ?」
「俺たちが回収できたのは8000枚。つまり、足りなかったのは2000枚だな」
「2000枚か……。それならば、スラムに存在する複数の盗賊団に手を回されていると考えるべきだな。これは大仕事になる」
ベアトリクスがそう意気込む。
俺たちミリオンズ、ベアトリクス、イリーナ、ゼフは、一度王宮に戻ることにした。
黒狼団の面々は王都騎士団に引き渡す。
そして、改めてネルエラ陛下や誓約の五騎士を交えて、今後の方針を検討していく。
「はっはっは! よかろう! いい機会だ! スラムに巣食う盗賊どもを、根こそぎ叩き潰すがよい!!」
ネルエラ陛下が豪快に笑う。
彼や王都騎士団の実力をもってすれば、賊の殲滅ぐらい簡単なことだろう。
しかしそうしなかったのは、スラムの住民のことを考えているからだ。
あまりにも綺麗すぎる川では魚が棲めない。
王族たる者、清濁併せ呑む必要があることを理解しているのである。
それが今回、金貨2000枚を隠し持っている疑いがあるということで、一気に殲滅することになったようだ。
「必要な戦力の選定は、ベアトリクス、お前に一任しよう」
「はっ!」
「だが……そうだな。せっかくだ。ハイブリッジよ。お前たちも手伝え。ベアトリクスがやり過ぎぬか見てやってくれ」
「ははっ! 承知しました!!」
やはり、ネルエラ陛下は清濁併せ呑むタイプだな。
賊を叩き潰すとは言っても、全員殺したりするつもりはないようだ。
ベアトリクスも同じような認識だろうが、彼女は激情家だからな……。
婚約者の俺がしっかりと見張っておく必要がある。
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