「紅葉、この街に来たことはあるのか?」
「い、いえ……。来たことはありません。山の中腹から見たことはありましたけど……」
「ふむ」
俺は周囲を見渡す。
ここは……桜花藩にある街の一つだ。
人口は1000人を超えているだろう。
城下町ほどではないだろうが、なかなか栄えている。
「高志様、これからどうするのですか?」
「そうだな……。まずは宿を確保しよう。数日ぐらい滞在して、情報収集を――」
「おっと! 気をつけろよ、兄ちゃん!! ボサッと歩いてんじゃねぇ!!」
俺が紅葉と会話していると、誰かがぶつかてきた。
見れば、ややガラの悪そうな少年が去っていくところだった。
「ふむ……。この街の治安は微妙そうだな……」
俺は少年の背中を見つめる。
そんな俺の袖を、紅葉はクイクイと引っ張った。
「あの……高志様」
「ん? なんだ、紅葉」
「何かをスられてしまったようですが……。追いかけなくていいのですか?」
俺は自分の体を見る。
すると、財布がなくなっていた。
おそらく、先ほどぶつかってきた少年がスったのだろう。
だが……。
「追いかける必要はない」
「え? で、でも……。お金がないと、宿に泊まることもできないのでは?」
紅葉は不安そうな表情を浮かべる。
そんな彼女に、俺は言った。
「盗まれた財布はダミーだ。スリ対策のな。金は入っていない」
俺にはアイテムボックスがある。
カゲロウやイノリに借りた貨幣は、全てアイテムボックスに保管済みだ。
あの財布はダミーで、盗まれても問題ない。
「そうなのですか? ……しかし、中身がないとはいえ、財布を盗まれてそのままというのは少し腹が立ちますね……」
「まぁそうだな」
俺が盗まれたのは、何の変哲もない財布だ。
小物入れと言ってもいい。
日本円にして、数百円ぐらいの価値だろうか。
それなりに使い古していることを加味すれば、数十円ぐらいかな?
いずれにせよ、大した損失ではないが……。
盗まれて気分のいいものでもない。
「私にお任せください。高志様の財布をスった不届き者に、罰を与えましょう!」
紅葉が張り切る。
彼女には加護(微)が付与されている。
体の調子が良いらしく、いろいろなことに張り切り気味だ。
「まぁ待て、紅葉」
「止めないでくだ……。高志様?」
俺は紅葉を制止する。
彼女は不満そうに俺を見たが、言葉を途中で止めた。
「じゃーん」
俺は懐から、別の財布を取り出す。
そして、それを紅葉に見せた。
「そ、それは?」
「さっきの少年の財布だ」
俺は言う。
紅葉は驚いた表情を浮かべた。
「い、いつの間に……。そのようなこともできるのですか?」
「ああ。俺にとっては造作もないことさ。もちろん犯罪行為だが、やり返しただけ。正当防衛だ」
いや、正当防衛とは少し違うか?
まぁ何にせよ、特に問題はないだろう。
出るところに出たら、困るのはあの少年の方だ。
「中身は……ふむ、しけてるなぁ。大した額じゃない」
俺は財布の中を覗き込む。
そして、中の小銭を取り出した。
日本円にして、数百円ぐらいだ。
中古の財布を盗まれた対価と考えれば、ギリギリ黒字か?
「さぁ、思わぬ臨時収入だ。団子でも食べよう」
「あっ……。その……いいのですか?」
「もちろんさ」
俺は笑顔で答える。
そして、紅葉と共に団子屋に向かい始めるのだった。
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