「ん? ここは……」
俺は目を覚ます。
何やら周囲が騒々しい。
頭には柔らかい感触がある。
俺は何をしていたところだったか。
「あ、起きた。タカシ、だいじょうぶ?」
アイリスが俺の顔を覗き込み、そう言う。
どうやら、俺はアイリスにひざ枕をしてもらっているようだ。
この柔らかい感触は、アイリスの太ももの感触か。
「ああ。だいじょうぶだ。心配かけてすまなかったな」
俺はそう言って、起き上がる。
もう少しアイリスのひざ枕を堪能しても良かったが、ここはステージの上だ。
さすがに少し恥ずかしい。
アイリスと試合での最後の攻防で、俺は気絶してしまっていたようだ。
アイリスが治療魔法をかけてくれたおかげで、無事に意識を取り戻したといったところか。
アイリスとともに、控室に戻る。
「タカシ様! アイリスさん! お疲れ様です!」
ミティたちが出迎えてくれる。
「ありがとう。ミティ」
「アイリスは、いい舞台でプロポーズしたねえ。うらやましいよ」
「そ、それで、結婚式はいつするのですか?」
モニカとニムがそう言う。
「そうだね。この大会が終わるまでは、保留にしておいてよ。ボクはがんばって優勝するから」
アイリスがそう言う。
彼女が言った約束は、”私がタカシに勝って、優勝したらタカシさんのお嫁さんにしてください”という内容だ。
それに対して俺が言った約束は、”俺が勝ったらアイリスをお嫁さんにもらう”という内容だ。
一見、どちらが勝っても結婚するように思える。
しかし、よく考えると抜け道がある。
アイリスが俺に勝ったが、優勝まではできなかった場合だ。
この場合は、結婚の条件を満たさない。
思わぬ抜け穴だ。
まあ、別に彼女が優勝できなかったとしても結婚してはいけないということはないだろうが。
できれば、当初の約束通り、彼女には優勝を果たしてもらいたい気持ちはある。
彼女自身、優勝を目指しているようだしな。
「わかった。アイリスの優勝を楽しみにしているぞ」
そんなことを話している内に、次の試合の時間になった。
「続きまして、2回戦第2試合を始めます! ミティ選手対、エドワード選手!」
司会の人がそう叫ぶ。
「では……がんばってきますね。アイリスさんには申し訳ないですが、エドワード司祭は私が倒させていただきます。別に、私が彼を倒してしまっても構わないのでしょう?」
ミティがそう言う。
彼女は勝ちにいくつもりのようだ。
セリフが負けフラグっぽい気がするのは、気のせいだろうか。
「え? うん。それはもちろんだよ」
「応援しているぞ!」
アイリスと俺は、ミティにそう言う。
ミティの勝利を祈ろう。
ミティがコロシアムのステージに上がる。
対戦相手のエドワード司祭と対峙する。
「両者構えて、……始め!」
試合が始まった。
「遠慮なく倒させていただきます! お覚悟!」
「ふふふ。お手柔らかに頼みますよ。ミティ君」
ミティがさっそく掴みにかかる。
しかし、エドワード司祭はさっとよける。
「おっと。危ない危ない。ミティ君の豪腕には警戒しませんとね」
やはり、ミティの豪腕は警戒されている。
容易には組み合うことができない。
この流れは、かつてのメルビン師範との模擬試合と同じような流れだ。
「もちろん、この展開になることは想定済みです。いくつかの対策を容易していますが……。まずは、先ほど習得したばかりのこの技を披露しましょう」
ミティが拳と腕に闘気を集中させる。
何をする気だ?
「ぬううぅ! ふんっ!」
ミティがステージに拳を叩き込む。
ステージが大きく砕ける。
破片が宙を舞う。
「くらえぃ! 破岩弾ん!!」
彼女がそう言って、宙に浮いた破片をパンチで突き飛ばしてくる。
午前のアイリスvsババン戦で、ババンが使っていた技だ。
見ただけで習得したのか。
いや、昼食後に少しだけ練習のようなことをしていたか。
いずれにせよ、この短期間で習得するとは。
「むっ。……しかし、この程度の威力で私の防御は貫けませんよ」
エドワード司祭が岩弾をガードしつつ、そう言う。
「まだまだ! ビッグ……」
ミティがひときわ大きな岩を振りかぶる。
ミティの体よりも大きな岩だ。
これはもはや武闘とは言えないのではなかろうか。
とはいえ、審判も止めていないし、ギリギリセーフなのだろう。
まあ、たとえルール違反だったとしても俺はミティの味方だけどな!
彼女が腕に大きく闘気を集中させる。
「メテオ!」
巨岩がミティにより投擲される。
「聖闘気、守護の型」
エドワード司祭が聖闘気の守護の型を発動する。
ガシッ!
聖闘気をまとった体で、彼は巨岩を受け止める。
「ふふふ。この攻撃は意外でしたが……。私の聖闘衣の前では無意味ですね」
彼がそう言う。
しかし。
「剛拳流、侵掠すること火の如し。ビッグ……」
ミティが岩の死角を利用して、エドワード司祭に接近する。
不意を突かれて、エドワード司祭が一瞬硬直する。
「バン!」
「ぬぐ! ぐはあっ!」
エドワード司祭がミティの攻撃を耐えきれず、弾き飛ばされる。
ドガーン!
彼が、ステージと観客席を隔てる壁に激突した。
普通なら、あれは大ダメージだろう。
彼の聖闘衣により、どの程度軽減されているか。
「エドワード選手場外! カウントを取ります! 1……2……3……」
審判が場外カウントを始める。
10カウントがされればミティの勝ちだ。
このまま、何事もなく10秒が過ぎればいいのだが。
「ぐっ! ぐむむ。なるほど。すばらしい攻撃でした。巨石で姿を隠して奇襲してくるとは」
彼がそう言って、ステージの上に復帰する。
「エドワード選手、試合続行です!」
審判がそう宣言する。
エドワード司祭の場外負けとはならなかったか。
こうなると、少し厳しいかもしれない。
ミティにはまだ奥の手があるのだろうか。
「無理しなくてもいいのですよ。私のビッグバンをまともに受けたのです。立つのがやっとでしょう」
「ふふふ。まだまだ。もっと手痛いダメージを負って戦い続けたこともあります。伊達に修羅場はくぐっていません」
エドワード司祭がボロボロの体でそう言う。
彼は聖ミリアリア統一教会の武闘神官だ。
困っている人を助けるために、魔物や盗賊などと死闘を繰り広げたことがあるのだろう。
「そうですか。後悔しないことです」
ミティがそう言って、彼に駆け寄る。
彼女はさほど攻撃を受けていない。
まだまだ余力がある。
このまま堅実に試合を運べば、ダメージの大きいエドワード司祭が不利だろう。
「いきます! 砲撃連拳!」
ミティのパンチの連打だ。
彼女が有利に立っている今、ビッグバンのような大きな一撃よりも、細かな連撃で削っていこうといったところか。
「…………!」
エドワード司祭は黙ってガードしている。
ガードはしていても、ミティの腕力であれば一定程度のダメージは蓄積されているはず。
彼が新たな手を打たなければ、ミティの優位は揺るがない。
「むっ!?」
ふいに、エドワード司祭が体勢を崩した。
ミティが飛ばした破岩弾の破片に足を取られたようだ。
これはチャンスだ!
「スキありです! ビッグ……」
すかさず、ミティが大きく腕を振りかぶる。
「バン!」
ミティの大技がエドワード司祭を捉えた!
……かに思われたが、そうはならなかった。
ミティの攻撃が空を切る。
エドワード司祭が高速移動で回避したようだ。
「ふふふ。やっとスキを見せてくれましたね」
トンッ!
エドワード司祭がミティの首筋に手刀を叩き込む。
あえてスキを見せて大技を誘ったのか。
「うっ」
「聖闘気、迅雷の型です。守護の型以外は使うつもりはなかったのですが。ミティ君の成長はすさまじいですね」
エドワード司祭がそう言う。
確かに、今まで彼は守護の型しか使っていなかった。
前回のガルハード杯でも、メルビン道場での模擬試合でもそうだった。
守護の型しか使えないのではなく、あえて使っていなかったということか。
エドワード司祭の手刀を受けて、ミティが倒れ込む。
審判がカウントを始める。
「……8……9……10! 10カウント! ミティ選手のダウン負けです! 勝者エドワード選手!」
審判がそう宣言する。
残念ながら、ミティが負けてしまった。
「ミティ!」
俺はステージ上の彼女に駆け寄り、治療魔法をかける。
「う……。タカシ様……?」
ミティの意識がはっきりとしてきた。
「だいじょうぶか? ミティ。がんばったな」
「……はい。残念ですが、一歩及びませんでした」
ミティがそうションボリする。
「ふふふ。私をここまで追い込んだのです。誇りに思ってくれてもいいと思いますよ」
エドワード司祭がそう言う。
「追い込んだだけでは満足できません。いつかきっと、追いつきます!」
「それに、きっとアイリスが準決勝戦でリベンジしてくれるはずです」
俺はそう言う。
「なるほど。楽しみにしておきましょう」
エドワード司祭はそう言って、ステージから去っていった。
俺とミティも少し遅れてステージから下りる。
控室に戻る。
「お疲れー! ミティ」
「お、おつかれさまでした」
アイリスとニムがそう言って、ミティを出迎える。
「惜しかったね。もう少しだったのに」
モニカがそう言う。
「……いえ。エドワード司祭には、まだ余力があったかもしれません。まだまだ世界は広いようです」
「ま、ボクに任せておいてよ! 今度こそ絶対に勝つから!」
アイリスがそう言う。
アイリスとエドワード司祭は、3回戦でぶつかることになる。
彼女の勝利に期待しよう。
その前に、今から2回戦の第3試合がある。
モニカvsギルバートだ。
まずは、モニカの応援をすることにしよう。
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