タカシがワワワワンの活動を確認した数日後――。
オルフェスにある牢屋では、2人の男による話し声が響いていた。
「くそっ! どうしてこんなことに!?」
1人はダダダ団の元首領であるリオンだ。
彼は悔しそうに牢の石の壁を叩く。
「ゴチャゴチャうるせぇよ、リオン。こうなったのはお前のせいだろうが」
そのリオンに声を掛けるのはダダダ団の幹部、ヨゼフである。
彼らは『ナイトメア・ナイト』が率いる『ダーク・ガーデン』によって撃破され、冒険者ギルド経由で衛兵隊に引き渡されたのだ。
「なにぃ!? 首領である私に逆らう気か!?」
「バーカ。衛兵どもの話じゃ、ダダダ団は既に解体されちまったんだよ。首領も部下もねぇだろ」
「ちぃっ……!」
「それに、元々ダダダ団は俺が率いていた組織なんだ。お前が便利な魔導具を開発したり提供したりしてくれるって言うから、甘い汁を吸うためにトップの座を譲っただけさ」
「ヨゼフ! 貴様、汚いぞ!!」
「はっ! お褒めの言葉光栄だね」
ヨゼフはリオンに冷たい視線を送った。
彼の言葉通り、ダダダ団は既に解体されている。
下っ端を侵していた微弱な闇の瘴気は浄化され、ワワワワンとして犬と共に社会奉仕活動に励んでいるのだ。
旧ダダダ団の最後の脅威は、今この場にいる2人のみとなっている。
元首領のリオン。
研究者気質の男であり、自らの意思で積極的に犯罪行為に手を染めるタイプではない。
しかし同時に、研究のためには多少の不道徳を気にしない性質も持ち合わせている。
彼は古都オルフェスを研究拠点に選び、古代魔導具をやや強引にでも入手するべく悪どいことにも手を出し、隠れ蓑として地元マフィアのダダダ団を半ば乗っ取る形で首領として君臨していたのだ。
幹部ヨゼフ。
リオンが来る前は、ダダダ団のリーダーを務めていた。
まぁリーダーとは言っても、チンピラ集団のまとめ役ぐらいのポジションだったのだが。
チンピラはチンピラなりに、街の力仕事に手を貸すこともあった。
ダダダ団が地元マフィアとして急速に勢力を拡大したのは、あくまでリオンが首領として君臨してからのことである。
ヨゼフがリーダーのままなら、ダダダ団は少しガラが悪い程度のチンピラ集団のままだったかもしれない。
「くっ……! ヨゼフ! お前が調子に乗って勢力を拡大しなければ!!」
「それを言うなら、悪いのはお前だろ? 俺みたいなチンピラに強力な魔導具を与えたんだからよ」
「あれは、あくまで示威行動のために渡したものだ! そこらの一般民衆を虐げるために渡したものではない!!」
リオンは、ヨゼフを睨みつける。
オルフェスには古代魔導具が少なからず流通している上、たくさんの一般魔導具が出回っている。
だが、中には未整備だったり使い方に改良の余地が残っているものも多い。
研究者のリオンはそれらを整備したり改良したりして、幹部ヨゼフや下っ端のチンピラたちに渡していた。
ダダダ団の勢力がさらに拡大すれば、よりレアな古代魔導具を手に入れやすくなるだろうとの狙いだ。
しかし、幹部ヨゼフはリオンの狙い通りには動かなかったのである。
「へっ! 俺たちチンピラをあんまり舐めるなよ? 便利で強力な魔導具があったら、使うに決まってるじゃねぇかよ」
「それにも限度があるだろう!? 宿屋の若き女将や流浪の女冒険者に手を出したら、目をつけられるに決まっている!!」
「知らねぇよ。それを言うなら、お前だって魔導工房のガキを狙っていたじゃねぇか。確か、ムウとかいう名前だったか?」
ヨゼフがリオンの行動を指摘する。
彼からすると、リオンも同罪。
ゴチャゴチャと非難される筋合いはなかった。
「彼女は私の助手としてスカウトするつもりだったのだ! 取り掛かっている仕事があるとかで、なかなか首を縦には振らなかったがな」
「だから、俺たちが借金を返済させる名目で連れてきてやったんだろうが」
「半ば誘拐のような真似をしたと聞いているぞ! そんなことをすれば、街の住民からの印象はすこぶる悪くなる!! さすがに看過されなくなってくるだろうが!!」
リオンが強く指摘する。
彼の非難は、あくまで自分の研究活動の足を引っ張った行動に対してのものだ。
決して善悪で言っているのではないあたり、彼の倫理観は壊れ気味である。
タカシが彼を『マッド・サイエンティスト』と評したのも、あながち間違いではない。
「うるせぇよ! 俺はチンピラなんだから、そんな難しいことは知らねぇ!!」
「くっ……!!」
ヨゼフの言葉に、リオンは押し黙った。
論理的な思考を自ら放棄するヨゼフに、何を言っても無駄だと感じたのだ。
「くそっ! 全てはあいつの……! 『ナイトメア・ナイト』のせいだ!!」
リオンが再度、壁を殴る。
彼の拳から血が滲み出た。
同時に、壁が少しばかり崩れる。
「おいおい、あんまり壊すなよ? また衛兵どもがゴチャゴチャ文句を――って、あれ?」
「むっ……! これは……?」
ヨゼフとリオンが同時に異変に気付いた。
牢屋の壁がポロポロと崩れていっているのだ。
「……クッハッハ! これは思わぬチャンスだ! 衛兵どもめ、牢屋のメンテナンスを怠っていたらしい。こんなオンボロ牢に私を閉じ込めるとはな!!」
「へへっ、確かにそうだな。こんなの、脱獄してくれって言っているようなものだ」
「そうだろう、そうだろう!」
リオンが楽しそうに頷く。
先ほどまで口論していた2人だが、今は牢屋から脱獄するという目的が一致している。
互いに目配せをし、同時に牢屋から脱出したのだった。
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