休憩中。
俺は海ぶどうに続き、刺し身を分けてもらった。
そして、それにかぶり付くと同時に衝撃を受ける。
「う……! ううう……!!」
「兄ちゃん、大丈夫か!? 人族なのに無理するから――」
「美味いっ!!」
俺は思わずそう叫んでいた。
海ぶどうも美味かったが、刺し身は次元が違うな。
これが、新鮮な海の魚というものなのか!!
「美味い? ……兄ちゃん、平気なのか?」
「ああ! これほどまでに新鮮な刺し身を食べたのは初めてだが……。こんなに美味いものだったとはな!!」
俺は夢中で刺し身にかぶりつく。
あっという間に食べ終えると、おかわりを要求した。
「次をくれ! いくらでも食べられそうだ!!」
「お、おお……。分かったよ」
俺の言葉に戸惑いつつも、作業員の男は刺し身を分けてくれた。
そして、俺はその刺し身も食べ終える。
これで満腹だ。
「美味かった……。ありがとう」
「い、いや。喜んでもらえたのは何よりだが……」
俺が礼を言うと、作業員の男は少し引き気味にそう言う。
周囲の作業員たちも、何やらひそひそと話をしている。
「生魚に拒否反応を示さない人族がいるとは……」
「変人か?」
「彼の先祖に人魚族の血が混じっているとか……」
「なるほど。それなら、泳ぎが上手いことも理解できる」
「バカ言え。人魚族と人族の混血なんて、聞いたことがないぞ」
「そうだ。彼が人族の中でも変わり者なだけだろう」
どうやら俺の評価が分かれているようだな。
まぁいい。
変人だろうが何だろうが、美味しいものは美味しいのだ。
「これほど美味い刺し身なら、俺以外の人族にも受け入れられると思うが……」
「それは無理だろうな。人魚族以外の種族は、生魚を食べる習慣がないと聞いている」
俺の言葉に作業員の男が答える。
まぁ一理ある。
多くの人族にとっては未知の体験だからな。
「海沿いの地域には、生魚を食べる習慣があったりもするぞ。ルクアージュという街を聞いたことはないか?」
「ルクアージュ? ……知らないな」
作業員の男が首を横に振る。
リーゼロッテの故郷は、人魚族に知られていないらしい。
まぁ結構な距離があるしな。
それに、寿司文化はルクアージュが発祥というわけでもない。
「なら、ヤマト連邦という国を知っているか? そこは人族の島国だが、生魚を食べる文化があったはずだ」
俺はそう指摘する。
ヤマト連邦は鎖国国家なので、あまり情報がない。
とはいえ、少しばかりの文献はあるし、蓮華や雪月花たちからの情報もある。
「ヤマト連邦……? それも聞いたことがないな」
作業員の男は再度、首を横に振る。
どうやら、ヤマト連邦も人魚族に知られていないようだ。
この人魚の里は、サザリアナ王国とヤマト連邦の間よりもヤマト連邦寄りに存在する。
ルクアージュは知らなくともヤマト連邦なら……と思ったが、外れだったようだ。
「いや待て……。そう言えば、『おうか』という街に住む人族は、生魚を食べると聞いたことがあるぞ」
「ほう……?」
俺は作業員の男の言葉に興味をそそられる。
彼が言った『おうか』は……『王下』か?
いや、『桜花』かもしれないな。
どちらにせよ、地理から考えてヤマト連邦の街である可能性が高いように思える。
「ほら見ろ。一部の街とはいえ、生魚を食べる風習があるんだ。探せば他にも、受け入れてくれる街があると思うぜ?」
「うーん……。そうかもしれんな」
俺の言葉に、作業員の男が頷く。
ヤマト連邦の件が終わったら、ラーグやリンドウに刺し身文化を持ち帰るか……。
リンドウ温泉旅館がさらに充実することになるだろう。
まぁ、そのためにはまず目の前の仕事を片付けていく必要があるのだが……。
「よぉし!! 休憩終了だ!! みんな、作業を再開するぞ!!」
「「おおーーーっ!!」」
リーダー格の声に合わせて、作業員たちが声を上げる。
こうして俺たちは、防壁の補修作業を再開したのだった。
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