――『勇者候補』タカシvs『聖女』リッカ。
その戦いは、リッカの勝利に終わった。
意識を失ったタカシに、アイリスとミティが駆け寄る。
「タカシ! ああ、なんてことに……」
「タカシ様ぁ!!!」
2人はボロボロになった彼の姿を見て涙を流していた。
「……これで終わったです。思っていたよりも強くて、手こずったですがね」
そんな2人とは対照的に、リッカは涼しい顔で佇んでいる。
彼女にしてみれば、やるべきことをやったとしか考えていないのだろう。
「――【リカバリー】!」
アイリスが上級治癒魔法を唱える。
緑色の光がタカシを包み込む。
しかし――タカシが起き上がることはなかった。
「そんな……どうして……!」
アイリスが泣き崩れる。
そんな彼女に、リッカが声をかける。
「無駄です。僕様ちゃんのとっておきの魔道具ですから。いくらアイリス=シルヴェスタの治療魔法が上達していようとも、タカシ=ハイブリッジが意識を取り戻すことはないです」
「……っ!」
アイリスはキッとリッカを睨みつける。
その瞳からは涙が溢れていた。
「どうして!! なんでこんなことをしたの!?」
「……」
リッカは何も答えない。
ただ静かに、そこに立っているだけだ。
「はああああぁっ!!」
今度はミティがリッカに向けて剛腕を振るう。
闘気と魔力を纏った一撃だ。
しかしリッカはそれを難なく受け止める。
「くっ……!」
「無駄なことはやめるです。僕様ちゃんたちに、争う理由はないはずです」
「どの口が……! タカシ様の仇です!! 絶対に、絶対に許しません!!!」
激昂するミティだったが、彼女の攻撃は全ていなされるか受け流されていた。
素手の攻撃が通じないと判断したミティは、アイテムバッグから『大戦槌ウリエル』を取り出す。
それを見たリッカが顔をしかめた。
「それはやめておくです」
リッカの言葉を無視して、ミティは『大戦槌ウリエル』を振り下ろす。
凄まじい威力の一撃だったが、それもリッカには通用しなかった。
「……やれやれですね。無闇な自然破壊は控えるべきです」
リッカは小さくため息を吐く。
ハンマーを受け止めた彼女の周囲には大きなクレーターが出来上がっていた。
まるで隕石でも落ちたかのような光景である。
しかし、当のリッカは全くの無傷だった。
「嘘……」
ミティの顔が絶望に染まる。
彼女は力なくその場に崩れ落ちた。
「まったく、手間をかけさせるですね。君には用がないと言っているのに、いちいち突っかかってくるなです」
リッカはそう言うと、ミティから興味を失ったかのように視線を外した。
「申し訳ありません……。タカシ様……。仇は討てそうにありません……」
ミティは完全に戦意を喪失している。
涙ながらに謝罪の言葉を口にしていた。
そして、アイテムバッグからナイフを取り出し、自分の首筋に当てる。
「せめて……。つまらぬ身ですが、冥府でもご一緒させてくださいませ……」
彼女がそう言って自らの喉を掻き切ろうとした瞬間――
「待って! ミティ!」
アイリスが叫んだ。
彼女はミティのナイフを取り上げると、それを遠くに放り投げる。
「何をするんですか!? 私にはもう生きる意味がありません!!」
「ダメ! 残されたみんなはどうなるの! ミティにはミカちゃんだっているでしょ!!」
アイリスが必死になって呼びかける。
そんな2人の様子を見て、リッカが口を開いた。
「はぁ……。何をやってるですか? この程度のことで何を大騒ぎしているのやら……」
呆れたように呟くリッカ。
その言葉に強く反応したのは、やはりミティの方であった。
「『この程度』!? ふざけないでください!! あなたがタカシ様を殺したんですよ!?」
ミティは涙をこぼしながら叫ぶ。
そんなミティを見て、リッカは大きくため息をついた。
「だから、何の話です? 僕様ちゃんはタカシ=ハイブリッジを殺したりしていないです」
「「……え?」」
ミティとアイリスが呆然とした表情を浮かべる。
リッカの言葉が信じられないようだ。
そんな彼女たちをよそに、リッカはさらに言葉を続ける。
「僕様ちゃんとタカシ=ハイブリッジの話を聞いていなかったです? 彼は『勇者候補』です。枢機卿のお気に入りを勝手に処分するなど、いくら聖女の僕様ちゃんと言えども簡単にはできないですよ」
「でも……帰るか死ぬかの二択だとか言っていたじゃん……」
「その二択は、強い言葉で脅しただけです」
「トドメにはタカシ様の胸にナイフを突き立てて……」
「このナイフは魔道具ですよ。対象者の意識を奪う強力な効果があるです。そんじょそこらの上級治療魔法であっても、すぐに意識を取り戻させることはできないです。ちなみに刃に見える箇所は魔力で形成されていて、殺傷能力はないです」
「……」
「……」
唖然とした表情のまま固まる2人。
彼女たちを尻目に、リッカは再び口を開く。
「全ては、タカシ=ハイブリッジをラーグへと引き換えさせるためです。君たちにはヤマト連邦で果たすべき使命があるですから。殺すはずがないです」
その言葉を聞いたミティは、ゆっくりと立ち上がった。
そのままふらふらとした足取りで、倒れているタカシの元へと向かう。
意識は失っているが、よく見れば呼吸しているし心臓も動いている。
「よかった……。よかったです……」
「うう……タカシ……」
彼女たちは小さくそう呟いた後、大粒の涙を流したのだった。
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