「おかしい……妙です」
隣で紅葉が、眉をひそめる。
彼女の瞳が、闇に包まれた境内を鋭く見据えていた。
ほのかに湿った風が僅かに吹き抜け、木々の葉擦れの音が静寂の中に溶けていく。
「何がおかしいんだ?」
俺も周囲を見回しながら尋ねると、紅葉は慎重に言葉を選ぶようにして口を開いた。
「はい。山の頂上は、これほどの広さはなかったはずだと思いまして。それに……いつの間にか夜になっていますし」
彼女の声には、確かな違和感が滲んでいた。
俺も改めて状況を確かめる。
確かに、紅葉の言う通りだった。
境内は異様なほど広い。
ここが山の頂上ならば、せいぜい小ぢんまりとした神社が建っている程度のはずだ。しかし、目の前には無限に続くかのような苔むした石畳が広がり、その奥には闇に溶け込むように社殿がそびえていた。
こんな場所が、俺たちが登ってきた山の頂上に存在していたとは到底思えない。
そして、時間の感覚もおかしい。
ついさっきまで、俺たちは陽の光の下で昼食を楽しんでいた。
まだ昼過ぎのはずだ。
少しばかり体感時間が狂っていたとしても、せいぜい午後三時といったところだろう。
なのに、境内は闇に沈み、空には一片の陽光すら差し込んでいない。
「確かに妙だな。……しかし、それを言い出すなら、そもそも俺たちが神社の存在に気づかなかったことも変だろう?」
「それはそうですが……」
紅葉は腕を組み、思案するように視線を巡らせる。
提灯のほのかな明かりが彼女の白い肌を照らし、その表情に一層の影を落としていた。
「おそらく、空間妖術と結界妖術のどちらか、または両方をこの場所に張っていたのだろうな。そのため、目視することができなかった。夜になっている理由はよく分からんが、頂上付近の広さ以上の面積を持つことについてはそれで説明できる」
俺の言葉に、紅葉は静かに頷いた。
「なるほど……。偶然にも先ほど何らかの理由で結界が解かれ、私たちが足を踏み入れることができたと?」
「あくまで推測だがな。しかし、ここが『深詠藩』上層部の神主や巫女がいる神社であることは、間違いないだろう」
「そうですね……」
俺と紅葉は頷き合う。
深詠藩の上層部は、ここに陣取っていると思われる。
さて、どうするか……。
社殿の静謐な空気が、俺の思考を研ぎ澄ませる。
鳥居をくぐった瞬間から感じていた、独特の気配――まるでこの場全体が見えざる何かに守られているかのような重厚な雰囲気。
風が木々を揺らし、どこからか焚かれた香の匂いが微かに鼻をくすぐった。
俺には、ミッションを達成し、記憶復元のヒントを探すという目的がある。
ここで立ち止まるつもりはない。
まずは平和的に『お話』して、それで無理なら実力行使だな。
俺はこれまでに、桜花藩、湧火山藩、那由他藩を撃破してきた。
戦闘力には自信がある。
深詠藩は神事に重きを置く藩だし、武力よりも言葉や信仰がものを言う場所かもしれない。
それなら、俺の戦闘能力を前にあっさりと降伏してくれる可能性は高いだろう。
そう思案にふける俺の隣で、紅葉がふと顔を上げた。
「高志様? あの……何か聞こえませんか?」
「え?」
言われて、俺も耳を澄ませる。
静寂の中に溶け込むような旋律――いや、それは紛れもなく、歌声だった。
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