「これこそ、うどんの真髄ですわ! 出汁と麺が口の中で溶け合い、最後の一滴まで飲み干したくなる……」
彼女は、まるで宝石を愛おしむように丼を両手で包み込み、そっと傾けた。
琥珀色の出汁が波打ちながら揺れ、湯気が静かに立ち上る。
その香りは、昆布と鰹が織りなす深い旨味を漂わせ、鼻腔をくすぐった。
ゆっくりと口に含めば、ほんのりとした甘みと塩気が舌に馴染み、喉元をすべるたびに心の奥底まで染み渡る。
まるで冬の寒空の下、陽だまりに抱かれるような温かさだった。
そして――
「おかわり、いただけるでしょうか?」
その一言は、あまりにも無邪気で、あまりにも率直だった。
審査員たちは思わず顔を見合わせ、そして、ついには微笑んだ。
緊張に包まれていた空気が、ふっと和らぐ。
「……ちっ、ふざけるな!」
突然、荒々しい声が響く。
琉徳が椅子を押しのけるように立ち上がった。
拳を強く握りしめ、血管が浮き出ている。
「この勝負は俺が決めるのだ! 結果は――」
その時、長老のような風格を持つ審査員が静かに口を開いた。
「……武士の食は、飾りではない……。本当に旨いものこそ、力を与える」
その言葉は、重く、確かなものだった。
誰もが黙り込む。
彼らの目には、認めざるを得ないという苦悩が浮かんでいた。
「料理に嘘はつけませんわ」
リーゼロッテが静かに告げる。
その声音には、揺るぎない確信があった。
「お、おのれ……! どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって……!!」
琉徳の呼吸が荒くなる。
歯を食いしばり、肩を震わせていた。
怒りが、彼の全身から立ち上る黒煙のように漏れ出している。
「あなたを馬鹿にしているわけではありません。紅乃さんのうどんが素晴らしかった、ただそれだけのことですわ」
「うるさい! 俺が紅乃より……劣っているというのか!!」
琉徳が叫ぶ。
その顔は、まさに般若。
額には深い皺が刻まれ、目は爛々とした狂気を宿していた。
もとより気性の荒い男ではあるが、それにしても尋常ではない。
まるで、自分の存在そのものを否定されたかのような形相だった。
目は黒く濁り、焦点が定まらない。
そこに映っているのは現実ではなく、歪んだ妄執なのかもしれない。
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