「見てくださいまし、このうどん。コシがあって、味わい深く……。大盛りサイズを2つも頼んでしまいましたわ」
彼女は満面の笑みで、自らの丼を指さした。
澄んだ黄金色の出汁の中、白い麺が美しく折り重なっている。
湯気に混じる出汁の香りが鼻をくすぐり、琉徳ですら一瞬だけ瞳を細めてしまったほどだ。
しかし、その表情はすぐに険しく引き締まり、低い声が続いた。
「貴様……一人で大盛りを2つも食べるのか……。いや、そんなことはどうでもいい。なぜ、今もうどんを食べ続けている?」
「えっと……? 伸びてしまっては元も子もないので……。今、食べるべきだと判断しましたわ」
彼女は至極当然とでも言いたげな口調だった。
箸で器用に麺を持ち上げ、その先端から雫がぽたりと落ちるのを、まるで貴族の茶会でティーカップを持つような優雅さで見つめている。
琉徳は眉間に深い皺を刻み、理不尽な迷路に迷い込んだかのように首をひねった。
「……!? いや、分からんな。なぜ貴様はうどんを食べた?」
琉徳の問いかけは、剣のように鋭く、周囲の空気を切り裂いた。
その場にいる誰もが、まさか「うどん」に対してこれほど執拗に問いが投げかけられるとは思っていなかっただろう。
だが、リーゼロッテは微動だにせず、箸を持つ手をゆっくりと止めただけだった。
「……? それは……『何故に人はうどんを食べるのか?』という哲学的な話でしょうか?」
彼女の返答は、まるで曇りなき真珠のように純粋だった。
その瞳は、深い森の湖面のように澄んでいて、見る者に底知れない静寂を感じさせる。
それはまさに、無邪気さと知性が入り混じった問いかけであり、同時に、深淵を覗くような感覚を周囲に与えた。
琉徳は返す言葉を失い、周囲の客たちもまた、視線を泳がせる。
その沈黙を破ったのは、店の主人であり琉徳の妹である紅乃だった。
「お、お客様。そこまでにしてください。うどんなら、またお出ししますから」
彼女の声は、柔らかくも必死だった。
その表情には、兄の剣幕と客への配慮の間で引き裂かれるような苦悩が浮かんでいる。
細い指が緊張で小さく震えているのを見逃す者はいなかった。
「はぁ……。よく分かりませんが、店員さんに迷惑を掛けるつもりはありませんでしたの。今は我慢しますわ」
リーゼロッテは小さく息を吐くと、静かに箸を置いた。
彼女の動作は、決して乱暴ではなく、まるで一つ一つの行動に意味を込めているかのようだ。
しかし、琉徳の怒りの炎は、そんな静けさでは到底消し去れない。
彼は責める矛先を紅乃に向けた。
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