「このスリ野郎! 謝罪回りしてるってのは本当だったか!!」
そう叫び、一人の少年が俺たちに近づいてくる。
年の頃は12歳ぐらい。
彼には見覚えがある。
俺たちが泊まっている宿屋の、女将の息子だ。
以前も流華に突っかかっていた。
「てめぇ、何を企んでやがる!? 油断させて、また俺から盗ろうってか? ああ?」
「ち、違う! オレはもう……」
流華が慌てて首を振る。
そんな彼の腹を、少年は蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
流華は腹を押さえ、うずくまる。
そんな流華に、少年はさらに蹴りを加えようとした。
俺は咄嗟に少年と流華の間に割って入る。
「どけ!」
少年はそう叫ぶ。
だが、俺はどかなかった。
「やめておけ」
「なんだと? 俺に命令すんじゃねぇよ! 俺は、このスリ野郎に用があるんだ!」
「流華は反省している。もう許してやってくれないか?」
「ああ? てめぇ、何言ってやがるんだ?」
少年は俺を押しのけようとする。
俺は、その腕をガッチリと掴んだ。
「離せよ!」
「断る」
「この野郎……」
少年は俺を睨みながら歯噛みする。
そして、彼は叫んだ。
「あの日……こいつがオレの財布を盗みやがったんだ! そのせいで薬が買えなくなって……妹は風邪が悪化して何日も苦しんだんだ!!」
「それは聞いているが……」
謝罪回りの前に、俺はいろいろと情報を集めている。
この少年も流華の被害者の一人だ。
スリ被害により風邪薬が買えなくなり、妹さんは何日も苦しんだという。
最終的には全快したため、女将は流華のことを極端に嫌っているわけではなかった。
だが、妹を間近で看病したこの少年にとっては、流華は極悪非道のスリなのだ。
もっと最後の方で謝罪に訪れる予定だったが……。
こうしてやって来るとはな。
想定外だ。
「賠償はこれから行われる。そして、この通り謝罪もしている。もう許してやってもいいんじゃないか?」
「許すわけねぇだろ! こいつのせいで、妹は……!!」
少年が流華に拳を向ける。
その拳を受け止めたのは……紅葉だった。
「流華くんは反省しているよ?」
紅葉が少年の拳を握り締めながら言う。
年頃は似たようなものだが……。
紅葉には加護(微)が付与されているため、力勝負ではやや優勢だ。
「なんだ、お前は? 関係ねぇ女は引っ込んでろ!」
「関係あるよ。流華くんは私の大切な仲間だもん」
紅葉はそう言って、少年の拳を握る手に力を入れた。
少年は顔をしかめる。
いや、これは……照れているのか?
「い、痛ぇ! 離せ!」
「離したら、また流華くんを殴るんでしょ? だったら、離さないよ」
紅葉は少年を睨みながら、さらに手に力を込める。
痛みか照れか。
それとも両方か。
少年は混乱気味のようだ。
彼は顔を赤くしながら言う。
「わ、分かった! もう殴らねぇから離せ!!」
「本当?」
紅葉はジト目で少年を見る。
少年は視線をそらしながら続けた。
「あ、ああ! 本当だ!」
「……分かった」
紅葉が少年の手を離す。
少年は痛そうに手を振ってから、流華に言った。
「ふん! 女に庇ってもらうなんて、だらしねぇな! このスリ野郎が!!」
「す、すまねぇ……」
「ちっ! こんな女々しい奴にスラれたなんてな……。それでも男か! このスリ野郎!!」
少年は大きく舌打ちする。
紅葉が参戦してくれたおかげで、暴力沙汰にはならなそうだが……。
今度は流華の男らしさについて口撃されている。
本題とはちょっとズレている気もするが、少年がスリの被害者であることは紛れもない事実。
何とかして、彼の怒りを静めなければ……。
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