模擬試合の続きだ。
ヒナとミティの試合は終わった。
ミティの勝利で終わったものの、ヒナもなかなかやるようだった。
筆記テストと面接の結果次第ではあるが、前向きに採用を考えてもいいだろう。
次は、キリヤとニムの試合だ。
「ふっ。試験官様が直接お相手してくださるってか。なかなか見る目があるじゃねえか」
「キリヤ君! 口調! もっと丁寧にしてください!」
不遜な態度で前に出てくるキリヤに対して、兎獣人のヴィルナがそう注意する。
やはり、2人は顔なじみだったようだ。
「か、構いませんよ。強ければ問題ありません。……強ければ、ね」
ニムが意味ありげな目でキリヤを見据える。
「ふっ。俺の実力を疑っているのか? そこまで言われちゃ、悪いが手加減しねえぜ」
キリヤとニムが対峙する。
キリヤは双剣使いだ。
短めの木刀を両手に構えている。
対するニムは、素手で戦う。
ただし、彼女はお得意のロックアーマーをまとっている。
生半可な攻撃は通らないだろう。
「ふっ!」
キリヤが動き出す。
なかなかのスピードだ。
身のこなしだけならDランク以上は確実にある。
だがーー。
ガキン!
ニムのロックアーマーにより、弾かれる。
木刀を岩に叩きつけたわけだが、木刀は折れていない。
闘気を木刀にまとわせることにより、強度が増しているのだ。
闘気術の応用である。
俺の”獄炎斬”やミティの”ビッグボンバー”も、同じ理屈で剣やハンマーの強度を向上させている。
キリヤがニムから少し距離を取る。
「ーーなるほど。かなりの土魔法の練度だ。伊達に貴族様のお気に入りになってはいないということか。鋼鉄並みのそのロックアーマーを斬れなければ、お前に勝つことはできないと……」
「そ、そういうことになりますね。打撃や斬撃はわたしには効きません」
ニムがそう言う。
「ふっ。鋼鉄を斬れねえ俺では、お前には勝てねえ。しかし……」
キリヤがちらりと脇を見る。
「キリヤ君ーー! がんばってください! プー太郎を卒業するチャンスですよ!」
ヴィルナが必死に声援を送っている。
キリヤはプー太郎なのか。
かなりの戦闘能力を持つのに、もったいないな。
俺も日本にいたときは無職だった。
なんだか親近感が湧く。
それだけでも、前向きに採用したい気持ちになってきた。
いや、いかんいかん。
他の応募者との公平性の問題もある。
そんな私情で採用を決めるのはよくない。
せめて、彼がニム相手に善戦することを祈ろう。
キリヤがヴィルナからニムに視線を戻す。
「あいつに応援されちまっているし、諦めるわけにはいかねえ」
「フン……。ならばどうしますか?」
「ふっ。俺の全力をぶつけるだけだ。俺はここで限界を超える!」
キリヤがそう宣言する。
なかなか熱い展開になってきたな。
しかし、なんだかニムが悪役みたいな立ち位置になっている。
これはただの模擬試合だぞ?
「い、意気込みに水を差す様ですが……。わたしは土魔法を極めてから今まで、剣士と名乗る者に負けたことはありません。剣士ではーーこのわたしには勝てません」
ニムがそう言う。
まあ、嘘ではない。
ディルム子爵領のダイア隊長にも勝っていたしな。
あとは、ブギー盗掘団の構成員たちにも勝っていたそうだ。
確かに、そこらの剣士ではニムに勝つことはできない。
彼女のロックアーマーを突破できるとすれば、魔法系の攻撃だろう。
あとは、エドワード司祭やアイリスが使える”発勁”という闘気術の上級技法と……。
ミティレベルの打撃でもギリギリいけるかな。
俺の獄炎斬は微妙なところだ。
少なくとも、通常の斬撃では厳しいだろう。
「……ああ。よくわかったよ。だがそういう思い出話はアルバムにでもしまっときな。俺とお前は今まで、会ったことがねえんだからよ」
キリヤがそう言い放つ。
なかなか強い言葉だ。
「く、口先だけは斬れるようですね」
ニムがそう言って、キリヤに殴りかかる。
もちろん腕にもロックアーマーをまとっている。
ミリオンズの中でミティに次いで腕力が強いのがニムだ。
その腕力を活かして質量のある岩をまとったパンチは、かなりの威力を誇る。
ギイン!
キリヤが双剣を交差させるような形で、ニムのパンチを受け止める。
その態勢で、2人がにらみ合う。
「な、何分持つかです」
「そっちがな」
2人とも、なかなかの闘志だ。
口撃が激しい。
キリヤはもともとそういうタイプなのだろうが、ニムがここまで好戦的だとはな。
いや、今さらか。
普段の幼く可愛らしい態度に騙されがちではあるが、戦闘時のニムは結構強気だ。
ガキン!
ニムがキリヤの双剣を押し返す。
「ロック・クロー」
ニムが腕あたりのロックアーマーをカギ爪状に変形させる。
そのまま、キリヤの双剣と攻防を繰り広げていく。
ガキン!
キン!
「ちっ。厄介だな。……スパーク……」
キリヤが少しだけ距離を取り、双剣を交差させた状態で構える。
そして、高速でニムに接近していく。
「!?」
「スラッシュ!」
キリヤの交差斬りがニムにヒットした。
ニムが衝撃を受け、弾き飛ばされる。
キリヤの双剣には、何やら電撃が纏わされている。
キリヤは雷魔法も使えるのか。
双剣術、闘気術、雷魔法。
なかなか有望だ。
彼の放ったスパークスラッシュという技は、俺の火炎斬の雷バージョンみたいなイメージだ。
もしくは、モニカの雷華崩脚の双剣バージョンと言ってもいいかもしれない。
「はあ、はあ……」
キリヤの息が上がっている。
先ほどの技は、やや大技だったようだ。
消耗が激しいのだろう。
だがーー。
すくっ。
ニムが、何事もなかったかのように立ち上がる。
本人はもちろん、ロックアーマーにも擦り傷程度しか付いていない。
「……言ったはずです」
ニムがやれやれというような仕草をする。
ディルム子爵領軍のダイア隊長との戦闘では、ロックアーマーに切り傷を入れられたと言っていた。
単純に考えると、キリヤはダイア隊長よりかは劣るといったところか。
しかし、あれからニムの土魔法の練度は相当伸びている。
また、今回キリヤが使っているのはただの木刀だ。
そのあたりを差し引いて考えると、必ずしもキリヤがダイア隊長に劣るとは言い切れない。
「ふっ。なら、力の限りさらに畳み掛けるまで……!」
キリヤが高速で再びニムに接近する。
ギギギギン!
ビュッ!
ガガン!
キリヤの怒涛の連撃がニムを襲う。
「く……」
この程度の連撃で、ニムのロックアーマーは破れはしない。
ロックアーマーの内側は柔らかい粘土でできているので、衝撃としてのダメージもニムにはほとんどないだろう。
しかし、心情は別だ。
ここまで好き勝手に攻撃されて、不快に思わない者はいない。
ニムの表情にイラ立ちが見える。
彼女が体勢を立て直そうとする。
しかし、キリヤの連撃がそれを許さない。
キンキン!
ガイィン!
ガシュッ!
キリヤの連撃はなおも続く。
「スパーク……、ツイスト!」
「う……」
ニムが衝撃で倒れ込む。
だが、まだまだロックアーマーは健在だ。
彼女はすぐに立ち上がる。
「はあ、はあ……。憎ったらしいやつだぜ……!」
「お、お互い様です!」
キリヤの攻撃は、ニムにまったく通じていない。
強いて言えば、精神的なイラ立ちを与えている程度だ。
対して、ニムはここまで本格的な攻撃をしていない。
キリヤの連撃に押されていたのもあるだろうし、彼の実力を見定めようという狙いもあっただろう。
「さ、さて……。あなたの攻撃はムダだとわかったでしょう。今度はこちらからいきます」
ニムが攻撃の構えを取る。
ニムの攻撃手段は、土魔法による遠距離攻撃、ロックアーマーをまとった状態からの体当たり、そして武闘などである。
あとは、ゴーレムを生成して攻撃させることもあるな。
今回は、どの攻撃手段を取るつもりだろうか。
俺はニムを注視する。
何やら、足の裏に尖った岩を生成している。
あれで攻撃するわけか。
……いや、スケートみたいに移動する感じか?
「ふっ。上等だぜ。俺の残った力を全て注ぎ込んで迎え撃つ!」
一方のキリヤはキリヤで、何やら大技の構えだ。
双剣を交差させて構えている。
今まで以上に魔力や闘気を集中させている気配を感じる。
言葉の通り、これが最後の全力攻撃か。
ニムがキリヤに向かって高速で移動を始める。
「ロック・スパート!」
やはり、足の裏の尖った岩でスケートのように移動する技だったようだ。
いつの間にこんな技を?
まあ、土魔法レベル5なら大抵のことはできるだろうが。
「スパークリング……ストリーム!」
対するキリヤは、電撃をまとった双剣での攻撃だ。
キリヤの双剣とニムのロックアーマーが交差する。
ガキイン!
ひときわ大きな音が響く。
これは……。
ひょっとすると、ひょっとするか?
俺は息を呑んで、見守る。
「がふっ!」
キリヤが倒れ込んだ。
「キリヤ君!」
ヴィルナがすかさず駆け寄る。
いや、キリヤが負けるんかい。
流れ的には、彼が勝ちそうな気がしたが。
気のせいだったようだ。
「わ、悪くはありませんでした。今のわたしのロックアーマーに、これほどの傷を付けるとは……」
ニムがそう言う。
彼女のロックアーマーを見る。
深い……というほどでもないが、浅くもない傷が付けられていた。
彼女の超硬度のロックアーマーに傷を付けるとはな。
これは期待できる人材だ。
そんな感じで、キリヤとニムの模擬試合は終了した。
そして、その後も数人との模擬試合が行われた。
ヒナやキリヤを筆頭に、なかなかの粒ぞろいだ。
さて。
次は、面接である。
この模擬試合の間に、筆記テストの結果も出ているはずだ。
筆記テストと模擬試合の評価の上位者だけを面接……でもよかったが、せっかくなので全員と面接をする予定だ。
配下としての登用であれば、現時点での知識量や戦闘能力は大切である。
しかし、ミリオンズへの加入を見据えた登用であれば、もっと大切なことがある。
俺に対する忠義度だ。
現時点での忠義度を確認して、高い者はやや優先的に登用するのも悪くないだろう。
いや、別に俺に対して好評価の者を下心でひいきするというわけではない。
あくまでこれからのハイブリッジ領の発展のためである。
忠義度が高いということは、裏切ったり不正をしたりする可能性も低いと判断していいだろう。
安心、安全な領地経営につながる。
加護付与というチートスキルの、副産物的な使い方だ。
個人の事情もムリのない範囲で聞き出せれば、忠義度が稼ぎやすそうな者を探りだすことも可能かもしれない。
注意して面接に臨むことにしよう。
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