「うーん……。いや、俺は何も感じねぇな」
流華が首をかしげながら答える。
「そうか」
俺は短く嘆息した。
やはり、気のせいだったのだろうか?
しかし、何かが心の片隅に引っかかっている感覚は拭えない。
念のため、他の人間にも話を振ることにした。
「……なぁ、藩主さん。お前は何か知っているのか?」
藩主は顔を上げ、しばらく考え込むように沈黙していたが、やがてぽつりと口を開いた。
「いや、儂も何も感じなかった。しかし、あそこは……」
「――あそこは?」
俺が促すと、彼は僅かにためらった後、低い声で答えた。
「大和を守る神々がおわすとされる、神聖な『煌夜山(こうやさん)』だ」
「大和の神々……か」
俺は呟く。
常識的に考えて、神なんていないって?
いや、そうとも限らないだろう。
そうでないと、『魔法』なんていう不可思議な現象に説明がつかない。
いや、百歩譲って魔法は何らかの物理法則で解明できる余地があったとして、『ミッション』『ステータス操作』『剣術などの各種スキル』はどうだ?
これこそ、物理法則なんかで解明できる余地がないだろう。
さすがに『全知全能のパーフェクトな神』がいる可能性は低めだとしても、『人間より生物としてはるかに優秀な上位存在』ぐらいは存在しても不思議ではない。
(くすくす……。面白いわね。でも、今は放っておいてもいいんじゃない? そんなことより、他の神々への対策を考えましょうよ)
(それもそうだ。……というわけだ。命拾いしたな、突然変異の猿め)
その声――いや、意識の中に響くような囁きが、不意に耳をかすめた。
「…………?」
まただ。
この得体の知れない気配。
だが、振り返っても周囲に異常は確認できない。
「兄貴、本当に大丈夫か?」
流華が不安そうに覗き込んでくる。
「あぁ、問題ない」
俺はなるべく平静を装い、答えた。
まぁ、今は深入りする必要はないだろう。
ともあれ、湧火山藩を手中に収められただけで十分すぎる収穫だ。
この地を支配下に置き、近麗地方の勢力図をさらに塗り替えていく準備は整った。
「さて、藩主さん。湧火山藩は、桜花藩に併呑されることになる。これからは、傀儡の城主としてこの地を治めてもらうぞ」
「…………」
「だが、こちらとしても念のための保険は必要だ。人質を数人、桜花城に連れ帰らせてもらおう。なぁに、悪いようにはしないさ。留学だと思って前向きに考えろ」
「……心得た」
藩主は悔しさを滲ませながらも、頭を垂れた。
これで一旦の目的は果たされた。
とりあえず桜花城に戻り、次に攻める――いや、視察する藩を選定しよう。
湧火山藩の情報も整理し、あの『煌夜山』についても少し調べておくべきだろう。
だが、胸の奥にわだかまる違和感が完全に消えることはなかった。
遠くにそびえる『煌夜山』の雪を頂いた山頂を、俺はもう一度振り返る。
そこに何があるのかはまだ分からないが、何かが――確かに何かが、そこに存在している。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!