(武力で下剋上なんて、タカシの性格には合わない……。きっと別人ね)
ユナは赤狼族に生まれ、強さを重んじる部族の流儀を知っている。
力をもって地位を得ることに疑念はない。
だが、タカシは違う。
彼は優しすぎるのだ。
強さとは無縁の人の営みにも価値を見いだし、守るべきものとして尽力してきた。
サザリアナ王国での彼の行動が何よりの証明だ。
人々を助け、功績を上げていくうちに自然と支配層に名を連ねた――それは決して力で椅子を奪ったわけではない。
今も、彼は王国の命を受けて動いている。
そんな彼がもし桜花藩の藩主になるなど、まず考えられない。
ユナは一連の思考を取りやめ、侍に問う。
「……で、それがどうして私が試練を受ける話に繋がるのよ? 加護を受け取ってこの地を守れなら、百歩譲って理解できるけど……。この藩から出てもいいなんて、あんたたちの利点が分からないわ」
問いかけながらも、ユナは相手の反応を探るようにその瞳を見据える。
まるで、その沈黙の隙間に隠された真実をこじ開けようとするかのように。
「簡単なこと。桜花藩の新藩主に神の加護が与えられることだけは、何としてでも避けたいからだ」
「……」
「好戦的な者に神の加護が与えられれば、四神地方や近麗地方の平和が乱れ……やがては大和連邦全体を巻き込んだ大戦乱に至る可能性すらある。それに比べれば、お主に加護を得てもらった方がよい。高い火妖術への適性を持つお主の力を神にお見せすれば、桜花藩への移動を取りやめていただける可能性はある」
「そういうことね。……まぁいいわ。その試練、受けてあげる」
決断の言葉はあっさりと、しかしどこか挑む者の覚悟を帯びていた。
侍たちの目に一瞬、驚きとも安堵ともつかぬ色が浮かぶ。
「おお、左様か!」
思わず声を弾ませたその様子に、ユナは冷ややかに片眉を上げる。
勢いづいたようなその反応に、どれほどの切実さが込められているのかを測りかねていた。
「行っておくけど、加護とやらを受け取ったらさっさと出ていくからね」
あくまで自分の意志は曲げないと、ユナは強調するように言い放つ。
彼女にとってそれは条件ではなく、約束された未来の一部だった。
ユナが続ける。
「じゃあ、行くわよ! 業火の試練とやらを受けて、ええっと……」
思い出そうとして眉間にしわを寄せるユナに、侍が口を添える。
「阿修羅様だ」
「そう! その阿修羅の加護をいただいて見せるわ!」
その声には、もう迷いはなかった。
決して楽な道ではないだろう。
けれども、ユナの中には既に炎のような決意が灯っていた。
それが彼女を試練へと駆り立て、そして何より、自らの存在を確かめる術となる。
こうして、ユナは業火の試練に臨むことになったのであった。
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