治安維持隊隊長のナオンと、王都騎士団から引き抜いたばかりの騎士見習いナオミ。
2人は姉妹だったらしい。
何やら険悪なムードだ。
「ぐすん。姉様ぁ……」
ナオミはまだ泣いている。
「ふん!」
ナオンはナオミに目を合わせようとしない。
「まぁまぁ。ナオミちゃんは、俺が目をつけて王都騎士団からスカウトしたんだ。そう邪険にするものではない」
「閣下が……!?」
ナオンが驚いた顔でこちらを見る。
「ああ。ナオミちゃんは、なかなか見所があるぞ」
「……閣下の人を見る目はズバ抜けております。しかし、今回ばかりは見る目が曇っておいでのご様子……」
ナオンは腕を組んで、苦々しい表情を浮かべる。
「どういうことだ?」
「この者は、見ての通り少し怒鳴られただけで泣いております。その者のどこを見て『見所がある』などと仰られるのでしょうか」
「確かにそうだが……。慕っている実の姉に怒鳴られれば、泣きたくもなるだろう。それは、騎士として必要な能力とはまた違ったものだと思っている」
「一理ございますな。しかし、それではこやつにはどういった能力があるとお思いで? 基礎だけはできている奴でしたが、所詮は付け焼き刃です。実戦経験もなく、ましてや魔物との戦闘などもってのほか。このような者を戦場に連れて行けば、ただの足手まといになりましょう」
ナオンが吐き捨てるように言う。
ずいぶんと妹への評価が低いものだ。
「うーん。俺はそう思わないが……。まぁ、実際に戦ってみれば分かるさ。ナオミちゃん、ちょっと模擬試合してみるか?」
「……はえ?」
「姉妹で模擬試合だ。今のナオミちゃんの実力を見てもらおう」
「で、でも……」
「憧れの姉なんだろう? このまま舐められたままでいいのか? 今のナオミちゃんは弱虫なんかじゃない、強虫だってことを見せてやろうぜ」
「は、はい! 頑張ります! 強虫の力を見せてやりますよ!!」
ナオミが気合いを入れて立ち上がる。
自分で言っておいてアレだが、強虫ってなんだ?
「……」
ナオンは不満げな顔をしている。
「……閣下は、こやつのことをよく理解されておられないようだ。こんな者に、一体何ができるというのでしょう」
「口論はそこまでにしておけ。今は、実際に戦ってみてナオミちゃんの強さを確かめようじゃないか。――さぁ、2人とも準備してくれ」
「分かりました!」
「承知いたしました」
2人が剣を構える。
俺は審判役を買って出た。
「ルールは1本勝負だ。どちらかが降参するか、戦闘不能になった時点で試合終了とする。魔法の使用は不可。いいな?」
「はい!」
「承知」
「よし、では始め!」
俺の合図と共に、ナオミとナオンの模擬試合が始まった。
「ふっ! せいやぁ!!」
先に仕掛けたのはナオミの方だった。
上段から剣を振り下ろし、ナオンを牽制しようとする。
「甘いわ! はあっ!!」
「くぅ……! まだまだ!」
ナオンが素早く反応し、ナオミの攻撃を受け止める。
激しい攻防が繰り広げられていく。
「ふん……。剣筋の見極めだけは上手くなったようだな」
ナオンがナオミの攻撃を弾き返す。
「アタシだってちゃんと鍛錬を続けてきたんだから! 舐めないでよっ!」
今度はナオミが反撃に出る。
鋭い突きをナオンに向けて放った。
「むっ!?」
ナオンがナオミの一撃を受け流す。
「なるほど……。悪くはない。少しばかり見直したぞ?」
「えへへ~。そうですか?」
「だが、まだまだ私には及ばない。その証拠を見せよう」
ナオンはそう言うと、大きく剣を振りかぶった。
「ふんぬぅ!」
「ちょっ……!」
ナオミの頭上から斬撃が迫る。
彼女は慌てて剣を盾にした。
ガキンッ!!
ナオミはなんとか受け止めたものの、あまりの威力に膝をつく。
「くぅ……!」
「ほう? 私の攻撃を防ぐとは成長したではないか」
「そ、そりゃあ……ね? 姉様に少しでも追いつけるように、頑張ってきたんだから」
「だが、この体勢からどうするつもりだ? 貴様の力ではもう挽回できんだろう」
ナオンがニヤリと笑う。
上段から振り下ろしたナオンの剣を、ナオミの剣が下から受け止めている状態だ。
確かに、この姿勢はナオミが不利だな。
重力の影響があるからな。
下にいるナオミは押し潰されそうだ。
「ぐぐぐ……。確かに、この状態からじゃ逆転は難しいかも……。だけど……」
「だけど?」
「アタシにはまだ、奥の手があるんだよぉー!」
「なにぃ!?」
「はああぁっ! 【飛竜の型】!!」
次の瞬間、ナオミから強力な闘気が立ち上った。
「なん……だと……!?」
ナオンが驚きの声を上げる。
ナオミは勢いよく立ち上がり、ナオンを押し返した。
蹴りを一撃入れると、大きく距離を取る。
「はぁはぁ……。どう? これがアタシの全力だよ」
ナオミはそう言うと、肩で息をした。
「ば、馬鹿な……。なぜ、その技を使えるのだ……。それは、我ら竜人の秘伝……。私でさえ、ずっと練習中なのに……」
「へへん! 姉様が練習しているのをずっとマネしていたからね! 騎士見習いになってからも、鍛錬を続けていたんだから!」
「そ、そんなことで簡単に再現できるようなものではないはずだ! 一体どうやって?」
ナオンが狼のように吠える。
「ハイブリッジ様の薫陶です! アタシみたいな弱虫でも、強虫になれるって教えてくれたんだから!」
ナオミが満面の笑みを浮かべて答える。
「なに? 閣下が……?」
ナオンが俺に視線を向ける。
ナオミが言っていることは、あながち間違ってはいない。
彼女の急成長は、俺の加護(小)によるものだ。
基礎ステータスが2割向上し、剣術、格闘術、闘気術などのスキルレベルも上がっている。
その影響で、以前は安定して使えなかった技が使えるようになっているのだろう。
「その通り。適切に鍛錬すれば、誰しもがその才能を開花させることができる。ナオン、お前が弱虫として蔑んでいた妹は、見ての通り強虫になったんだ」
「ナオミが強虫に? そ、そんなバカなことが……!」
彼女はワナワナ震えながら呟いた。
「だが! それでも! 私は負けんぞ! 姉の威厳というものを見せてやる!」
ナオンが叫ぶと同時に、膨大な量の闘気が溢れ出す。
「姉様、まだやる気みたいだね。なら、アタシも本気で相手してあげるよ!」
ナオミが剣を構え直す。
こうして、姉妹の模擬試合は佳境を迎えるのだった。
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