俺はスラム街に単身で突入した。
中には、武装した賊らしき者たちが何人も集まっていた。
「”紅剣”のタカシだぁ! もう逃げるしかねぇよーー!!」
「逃げろ逃げろぉ!!!」
だが、誰一人として俺に向かってくる賊はいない。
みんな、俺の乱入に混乱した様子だ。
無理もない。
まさか、投石の上に乗ったまま突入してくる奴がいるとは思わないだろう。
某マンガの黄色い猿、あるいはまた別のマンガの白い桃みたいな感じだ。
あれは創作物ならではの移動法だと思っていたが、やってみれば意外にできるものなんだなぁ。
……おや?
逃げ惑う群衆の中、その場から動かない奴らもいるな。
「……ま、万が一よぉ。あの”紅剣”を撃退すれば、オレはスラムの英雄に……」
「バカ言ってんじゃねえ! 平民から貴族に成り上がった男を倒せるわけがないだろ!」
ふうむ。
なかなかに好戦的な者もいるようだな。
俺は彼らに構っている場合ではないのだが……。
「くらえ! 【アイスボール】!!」
「よせ!」
仲間の制止を聞かず、1人の男が水魔法を発動させる。
ほぉ。
アイスボールか。
なかなか悪くない魔法を使えるじゃないか。
それに、狙いも悪くない。
氷の弾が俺の頭部を狙っている。
威力も申し分ないだろう。
だが……。
ジュッ!
その氷は、俺に到達する前に溶けてしまった。
突撃前に、あらかじめ術式纏装『獄炎滅心』を発動していたのだ。
今の俺の体温は超高熱となっている。
そんなところに、水の塊をぶつけたらどうなるか?
答えはご覧の通りである。
悪くはない魔法だが、わざわざ個別の対応が必要なほどでもないな。
俺は俺で、やるべきことがある。
「おかしいな……。もしもし、こちらタカシ。もしもーし」
俺は通信の魔道具に呼びかけ続ける。
ミティやアイリスたち、後続に突撃の連絡をしなければならないのに。
こんなときに動作不良とはなぁ。
ラーグの街に帰ったら、ジェイネフェリアに一言文句を言わなければ。
いや、その前に疑うべきは使い方が間違っていないかどうかか。
「あれ? あれ?? 今、当たったよな!? 頭部に衝撃を受けて、何で平然としてるんだ!?」
「何か特殊な魔法を使ってるんだろ! もしくは、超硬度の闘気か……。初級の攻撃魔法なんか効くか! 逃げるぞ!!」
男たちが走り去っていく。
逃げるという選択肢は賢明だと思うが……。
彼らに用事ができた。
俺は魔力と闘気によって高められた身体能力を活かし、瞬速で彼らの前に回り込んだ。
「ちょっといいか? この魔道具の使い方を確認したいのだが……」
「うわああああぁ!! こっちに来るな!」
「殺さないでくれぇ!」
腰を抜かしつつ武器を構える者、命乞いをする者。
なかなか大げさな反応だ。
「待て、とりあえず落ち着……」
「「ひいいいいぃっ!!!」」
彼らは俺の言葉を聞かず、一目散に逃げていった。
確かに俺はスラム街の住民にとって敵だ。
しかし、さすがにあの態度はないんじゃないか?
人を殺人鬼か何かと勘違いしている。
「まったく……。ものを聞いただけなのになぁ」
俺はため息をつく。
逃げ惑う者を嬉々として攻撃する趣味はないが、それはそれとしてある程度は無力化しておく必要がある。
俺がサボったばかりに後続の妻たちが危険な目に合うかもしれないのだから。
「【炭化:武装解除】」
俺は逃走中の賊たちに、手加減した上級火魔法を放った。
「なんだ!? これは!」
「ぎゃああぁっ! 服が燃える!!」
「熱い! 死ぬううぅーー!! ……ん? あれ? 熱くはねぇ……」
「ああぁ……。俺のレザーアーマーが……」
賊たちは一瞬で丸裸となり、地面に倒れ込む。
服も装備も全て燃え尽きたようだ。
これは、俺が開発したオリジナルの火魔法。
対象物を『人が身に付けている装備品』に限定し、『生命体には害が及ばない』という制約の元で調整した。
それなりにMPを消費するが、悪くはない魔法に仕上がったと思う。
ま、装備者の魔法抵抗力が高ければレジストされるけどな。
こうして、格下気味の集団を無力化する際には役立つ。
「なんだあの火魔法は……。見たことねぇ。あれが”紅剣”のタカシか」
「アックスさん! 今の内に逃げましょうよ!!」
物陰からこちらの様子を伺っている者たちがいる。
隠れていたため、『炭化:武装解除』の効力は受けていない。
それにしても、アックスか。
確か、黒狼団に次ぐ勢力を持つ盗賊団の頭目だったはずだ。
「バカめ。コソコソ逃げて何が楽しい。敵は怒らせて逃げるに限るぜ!!」
「何言ってんですか! 捕まりますよ!!」
賊たちがそんなやり取りをしている。
小声で話しているつもりだろうが、聴覚強化のスキルを持つ俺には丸聞こえだ。
ま、挑んでくるなら返り討ちにするだけだ。
とりあえず今は、ミティやアイリスたちと連絡を取り合うことを優先したい。
「ちょっといいか? ものを尋ねたいのだが……」
俺はまた別の男に話し掛ける。
こいつはこいつで、ずいぶんと落ち着いているな。
イスに座ってこちらを見ている姿には風格すら感じられる。
周囲の慌てている取り巻きとはえらい違いだ。
「”紅剣”だ! ホプテンス頭領、逃げてくださいっ!!」
「慌てるな……。今日、俺が死ぬことはない……」
男……ホプテンスはそう言うと、ゆっくりと視線をこちらに向けたのだった。
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