俺とベアトリクスの真剣勝負を邪魔されてしまった。
邪魔をしたのは、ネルエラ陛下だ。
俺は彼に視線を向ける。
「答えてください。どうして、ベアトリクスを攻撃したのですか? 俺の対戦相手ですよ?」
「はっはっは! すまぬな。どうしても見過ごせなくてな」
ネルエラ陛下は笑いながら、俺たちの方へと歩いてくる。
その態度は威風堂々としたものであり、彼の身分と実力を十分に感じさせるものだった。
「見過ごす? 俺が彼女へ攻撃したことなら、あくまで模擬試合です。問題ありません」
「違う。我が言っているのはそういうことではない」
「では、何だというのです?」
俺はネルエラ陛下への質問をやめない。
もしかしたら不敬かもしれないが、どうしても確認せずにはいられなかったからだ。
「はっはっは! 決まっているだろう。この……馬鹿娘の暴走をだ!!」
ドカッ!
彼は、倒れ込んでいるベアトリクスを思い切り蹴り飛ばした。
「がはっ!!」
蹴られたベアトリクスは苦しそうな声を上げる。
「ベアトリクス。貴様、何をしようとしていた? 王家の秘術は軽々しく出すなと、何度も言ってきただろう!」
「うぅ……。し、しかし父上……」
「黙れ! じゃじゃ馬なところも可愛いと思っていたが、それにも限度がある。いい加減にしろ!!」
「…………」
ベアトリクスは黙り込んでしまった。
ネルエラ陛下の方が立場が上だし、あの様子では実力も上のようだ。
しかし……。
「陛下。そこまで言わないでもよろしいでしょう! ベアトリクス殿下は、俺との決闘に真摯に取り組んでいました! それを面白半分に眺めていた貴方に口出しする資格はありません!!」
「むっ?」
「彼女は立派に戦っていました! それなのに、こんな仕打ちを受ける謂われはありません!!」
俺は怒りを込めてそう言った。
すると、ネルエラ陛下はニヤリと笑う。
「ほう。面白い男だな。この我に逆らうとはな。不敬罪で処刑されたいか? 騎士爵を剥奪した上で、お前の愛する妻たちと共に首を王都に晒すことになるぞ?」
「…………」
やべ。
そこまで考えていなかった。
このサザリアナ王国は安定した平和主義の国だ。
ハガ王国との戦争時も、かなり穏便な解決手段を取った。
まさか口答えぐらいで不敬罪を出されるとは……。
国王である彼がその気になれば、俺の命など消し飛ぶ。
これはマズイ。
俺が絶句していると、ベアトリクスが慌てて起き上がる。
「ち、父上! 申し訳ありませんでした! もう二度とこのようなことは致しません! ですので、ハイブリッジ騎士爵をお許しください!」
立場が逆になってしまったな。
俺が彼女にかばわれることになるとは……。
「お前は控えておれ、ベアトリクス。【サンダーフィスト】」
バシッ!
「ぐあっ!!」
ネルエラ陛下が放ったパンチにより、彼女は再び倒れ込んでしまった。
おいおい、女の子に手をあげるなんて最低じゃないか。
しかも、実の娘に……。
「はっはっは! なんだ? ずいぶんと不服そうではないか?」
「…………」
彼の身分は、俺の遥か上だ。
本来であれば、頭を下げてとにかく機嫌を損ねないようにするべきだ。
愛するミティやアイリスたちのためにも、そうする方が間違いなくいい。
だが、俺はついつい彼に抗議の視線を向けてしまう。
「面白い! ハイブリッジの実力に興味を示す者は多かったのだ。ここは我が相手をしようではないか!」
「は?」
俺は思わず呆けた声を出してしまった。
国王陛下と戦う?
いくら模擬試合とはいえ、下手をすれば即不敬罪になるではないか。
「む? さすがのハイブリッジも怯んだか? では、こうすれば本気を出してもらえるかな?」
ドンッ!
ネルエラ陛下は、勢いよくベアトリクスの頭を踏みつけた。
「やめろ!」
俺は咄嵯に飛び出し、ベアトリクスの身体を彼から引き離す。
そして、そのまま彼女を抱き寄せた。
「う……。ハイブリッジ……。よせ、父上とは戦うな……」
「心配するな。お前の無念は俺が晴らしてやる」
実の父親から暴力を受けた彼女。
その悔しさを晴らすため、俺はネルエラ陛下と対峙することを決意した。
「はっはっは! まさか、そんなじゃじゃ馬をそれほど気に掛ける奴がいたとはな! やはり、ハイブリッジは面白い男だ!」
「褒め言葉として受け取っておきます。しかし、こればかりは譲れませんね。女性には優しくするもの。暴力を振るうなど言語道断です!」
「ふん。軟弱な貴族どもと同じことを言う。まあいい。ならば、我を倒してみせよ。奮戦したならば、特別に不敬罪を免除してやろう」
「分かりました。では、遠慮なく行かせてもらいましょう」
俺はベアトリクスを離れたところに横たえさせる。
「うう……。ハイブリッジ……。駄目だ。駄目なんだ……」
「大丈夫。俺を信じてくれ」
俺は彼女の頭を撫でてから、ゆっくりと立ち上がる。
そして、訓練場の真ん中で待っているネルエラ陛下へ視線を向けた。
「待たせましたね」
「はっはっは! これぐらいは構わぬ。さあ、始めようか!!」
こうして、俺とネルエラ陛下の戦いが始まったのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!