コツ……コツ……。
地下へ降りると、そこには大きな扉があった。
恐らくボスの部屋か何かなのだろう。
俺は躊躇なく、その中へ入る。
「ふむ……。想像していた部屋と少し違ったな」
俺は思わずつぶやく。
そこは広い空間だった。
壁際に本棚があり、そこにぎっしりと本が並べられている。
本の数だけならまるで図書館のようでもあり、本好きのトリスタあたりを連れてくれば喜んだかもしれない。
部屋の奥にはテーブルとソファが置かれていて、まるで客間のような雰囲気すらある。
「水槽まであるとは、優雅なものだな……」
オルフェスのスラム街にあるダダダ団のアジト――ここはその地下室だ。
ボス部屋なので粗末だとは思っていなかったが、さすがにここまで上等だとは予想外である。
「――ん? いや、この水槽の中身に妙な気配の残滓が……。それに、こっちの魔法陣は……?」
水槽の中の妙な気配の残滓。
床に描かれた魔法陣。
どちらも、俺の知らないものだ。
俺が注意深くそれらを観察している時だった。
「……よく来たな」
不意に声を掛けられた。
俺はそちらに顔を向ける。
そこには、立派な椅子に座った男の姿があった。
見た目は40代前半といった感じだ。
白髪交じりの髪をオールバックにして、顎鬚を生やしている。
服装は高級そうな正装にマントで、まさにマフィアのドンと言った風貌だ。
「お前がこの組織の長か?」
「いかにも。私がダダダ団を束ねているダン・ド・リオンだ」
「そうか。なら、お前を倒して終わりにさせてもらおう」
「ふっ……。随分と急いでいるようだな。私の研究に興味はないのか?」
「研究……だと……?」
「そうだ。私は長年に渡り、ある実験を続けてきた。そしてついに、その成果が実りつつある」
「……何を言っている?」
俺は眉をひそめる。
ダダダ団は、ただの地元マフィアだ。
それなのに、何故そのような話が出てくる?
「このオルフェスはいい街だ。古代都市をそのまま住居として流用しており、珍しい魔道具が当たり前のように使用されている。主要都市から遠く、王都騎士団や高ランク冒険者の目も届かない。海に面しており、鎖国国家ヤマト連邦や海底都市から珍しい漂流物が漂着することもある。さらには、地脈を走る魔力の関係で『英霊』をこの地に召喚できる時期すらある。実に……実に素晴らしい!!」
「……」
「長年の研究を完成させるため、私はこの地にやって来た。隠れ蓑として、チンピラ集団である『ダダダ団』を半ば乗っ取る形になってしまっているがな。まぁ、それも仕方のないことだ。私の大望を成すためならな」
「ペラペラと良く喋る奴だ……。だが、もう潮時だろう。これ以上、この街に迷惑を掛けるのは止めてもらおうか」
「クッハッハ! それは無理な相談というものだ。私はまだまだこのオルフェスの街でやることがあるのだからな!」
「……どういう意味だ」
俺は警戒を強める。
すると、ダダダ団首領の男はニヤリと笑みを浮かべた。
「先ほども少し言及したが……『英霊』というものを知っているかね?」
「当然だ。偉大なる死者の霊のことをそう呼ぶ。とりわけ、国や民族に功績を残した戦死者を敬ってそう呼ぶことが多い」
「うむ、一般的には間違っていない。だが、この場に限って言えば不正確だ。古都オルフェスにおいて、『英霊』という言葉は特別な意味を持つのだよ」
「ほう……」
俺は興味を引かれる。
異世界人である俺は、この世界やこの国における常識というものに疎いからな。
サリエにもらった本や普段の何気ない会話から少しずつ知識を得ているが、それでも分からないことは多い。
だからこそ、目の前の男の話を聞いてみたくなったのだ。
「『英霊』は『異世界における英雄の魂』を指す言葉なのだよ」
「……は?」
俺はポカンと口を開ける。
……今、こいつは何て言った?
「どうした? 驚いて声も出ないか?」
「……異世界、だと? バカバカしい……。研究のしすぎで、頭がおかしくなったか?」
俺はとりあえずそう言っておく。
他でもない俺自身が異世界から来たわけだが、それをバラすわけにはいかないからな。
「クッハッハ! 信じられなくても無理はあるまい! だが、事実だ。古都オルフェスの中央広場――そこに大型の古代魔道具があるのだよ。原理こそ複雑怪奇だが、起動すること自体は難しくない。事実、この街の住民共は『英霊祭』と銘打って定期的に大きな祭りを開催している」
「中央広場の……大型魔道具……。英霊祭……か」
英霊祭という言葉は何度か聞いたことがある。
どうせ時期外れなので、あまり深く考えていなかったが……。
「それで? 英霊がどうしたというのだ? 異世界から召喚し、偉大なる魂を拝もうとでも言うのか? くだらん」
「違う。拝むなどという低俗なものではない。私は、私の理想のためにその力を利用させてもらうだけだ」
「……」
俺は沈黙する。
ダダダ団の首領――ダン・ド・リオンは、静かに語り続ける。
彼はいったい何を企んでいるのか。
ずいぶんとお喋りな奴だし、もう少し聞いてみる価値はありそうだ。
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