弓術大会が進んでいく。
参加者は上空から見れば円状に並んでおり、その中心にいる審判が『魔の角笛』を吹き、魔物を引き寄せる。
その引き寄せられた魔物を、参加者たちが弓で仕留めていく。
採点は『討伐数』と『ヒット数』によって算出される。
そういったルールに基づいて開かれている大会だ。
「ふふん。順調ね。……【トリプル・バースト】!」
「うちかて負けてへんで! 【七色の霧雨】!」
「わぁー! 2人ともすごいねぇ! マリアもがんばらないと!」
ユナ、ホーネス、マリアが順調に獲物を仕留めていく。
「途中経過を発表します! ……現在の首位は34ポイントのユナ選手! 続いて33ポイントのホーネス選手! 3位以下は、20ポイント台に団子状態です! まだまだ皆さんに入賞のチャンスがありますよ~!」
実況が会場に響き渡る中、次々と魔物が狩られていった。
そして、いよいよ終盤戦に差し掛かる。
「さあ、次の魔物を呼び寄せます! 皆さん、準備してください!!」
『魔の角笛』を吹くタイミングは、審判の判断に委ねられる。
あまり早すぎると、押し寄せてくる魔物が多すぎて参加者たちで対処しきれなくなる。
逆に遅すぎると、参加者たちの人数に対して魔物が少なすぎて、円滑な大会進行が妨げられる。
「おっ! 来たな! もろたで!!」
「ふふん。負けません!」
2人が魔物に向けて矢を放つ。
放たれた矢は、それぞれ別の個体に命中した。
「これは、ダブルヒットですね! ユナ選手とホーネス選手が、それぞれハウンドウルフを倒しました!」
「やったねっ!」
マリアが嬉しそうな声を上げる。
彼女は参加者全体で下位の成績だが、特に気にした様子はない。
仲間であるユナの健闘を純粋に喜んでいた。
「ぐぬぅ……。まさか、ここまで差をつけられるとは……」
「くそっ! このまま終わるなんて嫌だ! なんとかして上位に食い込まねえと!!」
「次に大物が出たら、真っ先に射抜いてやるぜ!!」
他の参加者たちに焦りが見え始めた。
現状では、ユナとホーネスのトップ争い。
3位以下は大きく離されている。
最後の追い上げをかけるために、彼らは必死になっていた。
そんな中……。
ガサガサッ!
会場の周囲に広がる森から、大きめの物音が聞こえてきた。
「ふふん。新手が来たようね」
「せやな。何が出るか見極めて……。急所に当てて一撃で仕留めたるで!」
ユナとホーネスが集中した様子で森の茂みを観察する。
ただ当てるだけなら、飛び出すと同時に矢を当てれば良いのだが、それだと体のどこに当たるか不確定だ。
確実に倒せるよう、まずは獲物が何かを視認する必要がある。
「ーーっ!! ーーーーっ!!!」
そして現れたのは、声にならない悲鳴を上げて逃げ回る鳥のような生物だった。
それが茂みから飛び出す直前に、フライング気味に男たちは弓を放っていた。
別に戦法として間違っているわけではない。
獲物を視認してからの早撃ち勝負では、ユナやホーネスに勝てる可能性は低い。
ならば、半ばギャンブルとなるが獲物が出てきそうな茂みを狙って先に弓を放っておくのは悪くない選択だ。
誤算があるとすれば……。
「な、何だあの魔物はっ!?」
「バ、バカ野郎! あれは魔物じゃねえ! ハーピィだ!!」
弓を放った後に、ようやく彼らの目に映ったのは、鳥獣人だった。
この世界におけるハーピィは、ゴブリンやオークとは明確に区別される。
ヒューマン、ドワーフ、エルフなどと同格に扱われる友好種族なのだ。
「レネちゃん!」
マリアが少女の名を呼ぶ。
どうやら知り合いだったらしい。
「なぜこんな日に森へ入っている!? 今日は立ち入り禁止になっているはずだろう!?」
男が焦った声を出す。
茂みに潜む生物の正体を確認しないまま、弓を放つという愚行。
獲物の急所を見定められないという問題もあるが、何よりそれが人間だった場合のリスクが大きい。
普段なら、そのような危険な行為はもちろんしない。
ただ、今日は大会ということで、森への立ち入りは禁止されているのだ。
だからこそ、男たちは半ばギャンブルともいえる戦略に打って出たわけだが、それは裏目に出たのである。
「ーーっ!? ーーーーっ!!!」
ハーピィの少女レネは自らに向けられた大量の弓矢を見て、さらにパニックに陥る。
山なりに放たれた矢が着弾するまで少しの時間はあるが、そのわずかな時間で矢の着弾位置を見極めて避難することは難しい。
その上、彼女の背後からはまた別の脅威も迫っているのだ。
自らの処理能力を超えた難題に直面したレネは、そのまま硬直してしまう。
「ああ、ダメだ……」
「ポーションの準備を! 急所さえ外れてくれれば、助けられるかもしれん!!」
男たちは射撃を中断し、レネの手当の準備を急ぐ。
現時点ではまだ無傷だが、あの弓の雨を受ければただでは済まないだろう。
せめてもの救いは、ポーション類が用意されていたことだ。
参加者にケガ人が出たときや、その他のこうした不測の事態に備えて、事前に支給されていたのである。
「ま、待て! 茂みの中からまた何か出てきたぞ!!」
「あれは……ゴブリンジェネラルじゃねえか!」
「くそっ! こんなときに!!」
レネは意思疎通の魔道具を持っている。
人族と口頭でのやり取りは可能だ。
しかし、文字は読めない。
そのため、弓術大会によりこの森への立ち入りが禁止されていることを知らず、入ってしまっていたのである。
そして、魔の角笛により興奮状態にあるゴブリンジェネラルと運悪く遭遇し、逃げてきたのだ。
ゴブリンジェネラルは中級上位の魔物だ。
今この場には腕自慢の弓士が揃っているので、通常であれば男たちに近づくまでに弓の雨を降らされて倒されるだろう。
だが、今はタイミングが悪い。
レネの救援のためには接近戦を行うべきだが、今この場にゴブリンジェネラルと接近戦を行える男はいない。
彼らは強者だが、あくまで弓士なのだ。
「ここはマリアに任せてっ! いっくよ~!!」
「えっ? ちょっ!」
「よせ、ハーピィの嬢ちゃん!」
男たちが止めるが、マリアはレネの元へと向かう。
重力魔法や風魔法を併用した、高速の飛行術だ。
「くそっ! なんちゅう無茶しよるねん! さすがのうちでも、あの矢をどうにかすんのは難しいで!」
ホーネスがそう言う。
彼女は一流の弓士であり、魔物の急所を的確に撃ち抜くのを得意とする。
だが、誤ってレネに射たれたたくさんの弓を撃ち落とすのは、いくら彼女でも難しい。
弓の雨がレネに降り注ごうとしている。
その直前、マリアがレネの元に辿り着いた。
「もうだいじょうぶだよっ! マリアに任せてっ!」
「マ、マリア様!? なぜこんなところに……。あたしのことはいいので、お逃げください!」
レネもマリアのことを知っていたようだ。
それもそのはず。
マリアはハガ王国の王女なのだ。
ハーピィで彼女のことを知らない者は少ない。
「ううん! だいじょうぶ! 【風翼防盾】!!」
マリアはそう言って、レネを守るように羽を広げる。
そして、弓の雨が降り注いだ。
ドドドドド!!!
弓がマリアの羽や体を貫いていく。
普通なら、間違いなく致命傷だ。
「ああっ! マリア様……」
レネが悲痛な声を上げる。
「ゴアアアアァッ!!!」
その上、森の方角からはゴブリンジェネラルが近づいてくる。
常識的に考えれば、絶体絶命の状況だ。
しかし……。
「ふふっ。マリア、ふっかーつ!!」
無傷のマリアが元気よく起き上がった。
彼女は強力な自己治癒の能力を持つ。
かつてファイヤードラゴンのブレスを受けて消し炭になったときにも、あっさりと復活した。
たかが弓の雨を受けたぐらいでは、彼女が死に至ることはない。
「な、なんだ!? なぜ立ち上がれる!」
「うまく避けたのか!? だが、まだ安心はできねえ!!」
「おおい! 後ろからゴブリンジェネラルが迫っているぞ!」
遅れて駆けつけつつある男たちが、焦った声を出す。
「わぁっ! たいへんっ!」
マリアは慌てて振り返る。
「ゴアアアアァッ!!!」
ゴブリンジェネラルが、すぐそこまで迫っていた。
「ひっ!?」
レネは驚きの声を上げ、目を瞑ってしまう。
「だいじょーぶっ!!」
だが、そんなハーピィの少女を庇って、マリアが立ちふさがった。
「くらえっ! 【ゼログラビティ】!!」
マリアが重力魔法を発動した。
彼女がイメージした範囲内にある物体の重さが、一時的にゼロになる。
その結果、ゴブリンジェネラルは空中に浮き上がってしまった。
「ゴアッ!?」
「スキありだよっ! マリア・フレイムバスター・キーック!!!」
「ゴアアアアァーーッ!!!」
彼女は足に炎の魔力を纏わせて蹴りを放つ。
その一撃により、ゴブリンジェネラルは大ダメージを受けて倒れ込んだ。
そして、ようやく男たちがマリアたちの元に到着した。
「ぶ、無事か!? 嬢ちゃんたち!」
「ポーションは……。要らねえみたいだな。まさかの無傷とは……」
「良かったぜ」
彼らはマリアやレネの無事を確認し、安堵の声を上げる。
そして、倒れ込んでいるゴブリンジェネラルの様子を見る。
「なっ!? し、死んでやがる……」
「たった一度の蹴りで倒したのか?」
「なんという破壊力だ……」
普段はタカシやミティの攻撃力に隠れがちだが、マリアの攻撃力も決して低くはない。
MP強化レベル2の恩恵を活かし、豊富な魔力を体に巡らせて身体能力を増す。
その身体能力と格闘術レベル3を組み合わせた【マリア・フレイムバスター・キック】は、中級のゴブリンジェネラルを一撃で倒すほどの威力を持つのだ。
「そもそもよ、弓の雨を確かに受けたと思ったんだが……」
「俺も見たぜ。それに、ここらに血も飛び散っている」
「そうだな。本当にケガはないのか? ええと、マリアちゃん……だったか?」
男たちが心配そうに尋ねる。
「うん! マリアはぜんぜんだいじょうぶだよっ!」
「そ、そうか……。そりゃあ何よりだ」
「待てよ? マリア……。マリア? 聞いたことがある名だ……」
男たちが首を傾げる。
そして、1人の男が口を開く。
「思い出したぞっ! ”不死鳥”マリア! ギルド貢献値1400万ガルの大型ルーキーじゃねえか!」
「お、俺も聞いたことがあるぞ! ハガ王国の王女様にして、ハイブリッジ騎士爵の第六夫人!!」
「俺たち、なんという無礼を!」
「ははーっ! ご無礼をお許しくださいませ!」
男たちが一斉に土下座する。
「えっ!? ええ~~っ!? そんなのいらないよぉ……」
マリアが驚く。
一方のレネは、様々なことに混乱し、ただ呆然としていたのだった。
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