戦いが終わった広場に、深い静寂が訪れていた。
焼けた石畳の上には、ところどころに焦げた麺の破片が散り、うどん出汁の染みが暗い模様を描いている。
戦闘の名残りを感じさせる香ばしい出汁の香りが、空気にかすかに漂う中――琉徳は、巨麺兵の中から這い出てきた。
そして、呆然と立ち尽くした。
倒れ伏した巨麺兵の残骸が、まだ微かに湯気を上げている。
そこら中に剥がれ落ちた天ぷら装甲が散乱しており、戦の終焉を静かに物語っていた。
「……これを……俺がやったのか……」
呻くような独白が、誰に届くでもなく、広場の石に吸い込まれていく。
リーゼロッテが静かに歩み寄る。
踏みしめるたびに、小さく麺が裂ける音がした。
広場の中央で、彼女はほんの一拍、琉徳の表情をじっと見つめた。
「……終わりましたわね」
その声には、勝者の驕りはなかった。
ただ、深い慈しみと哀しみに似た響きがこもっていた。
その声音が、琉徳の内側で眠っていた何かをそっと揺り起こす。
琉徳は顔を上げた。
目の奥に渦巻いていた黒いモヤが、いつのまにか晴れている。
何かに憑かれていた男の面影はなく、ただ、何かを見失いかけた若き武士の素顔があった。
「俺は……俺は、いったい……なぜ……」
震える声が漏れる。
その声には、力もなく、ただ、迷子のような弱さだけが漂っていた。
「まるで、夢の中にいたような……気がする……。だが、それは夢じゃなかった……そうだよな……」
リーゼロッテはゆっくりと頷いた。
その仕草は、まるで冬の朝に灯された蝋燭のように、そっと彼の心を照らした。
「ええ。でも、目が覚めたのなら、それでいいんですわ。琉徳殿、あなたが本当に守りたかったもの、もう一度見つめ直してみてくださいまし」
「守りたかったもの……」
琉徳の呟きは、まるで失くした鍵を思い出そうとするかのように、慎重だった。
彼の手が、かつて操っていた巨麺兵の残骸に触れる。
ヌルくなった麺の感触が、指先に哀しみとして染み込む。
「うどんは戦いの道具ではない……。俺はそんなことすら忘れていた。そして俺は……取り返しのつかないことを……」
その言葉の後に続く沈黙は、広場全体を包み込む喪失感の音だった。
彼は配下に命じて紅乃を闇討ちさせ、彼女の右腕を再起不能にした。
彼女のうどんを打つ手は、いつも誰よりも誠実だった。
嘘をつかない、真っ直ぐな手。
だが、それを台無しにするよう指示したのは、他ならぬ琉徳である。
今の紅乃に、もはやうどんは打てないはず。
次期藩主の琉徳すら超えるうどん職人の未来は閉ざされ、素晴らしいうどんは永遠に失われたのだ。
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