数日後――
俺は愛する妻たちと共に、リンドウの街を訪れていた。
目的は1つ。
温泉だ。
「よっ。元気にやっているようだな」
「あっ! ハイブリッジさま!」
俺たちを出迎えてくれたのは、31歳未婚の女性アビーだ。
ラーグで働き口を探していた彼女だが、最終的にはここリンドウの街で働くことを選んだ。
今は、リンドウの温泉関係の業務に携わっている。
「おかげ様で。ハイブリッジさまに喜んでいただけるよう、日々精進しております」
「それは結構」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げるアビー。
心なしか、色気が増したか?
31歳と言えば、現代日本ではまだまだ若い部類に入る。
しかし、この世界の婚期は日本よりも早い。
20代中盤くらいになると行き遅れ扱いされ始める。
ましてや30代ともなれば、ほぼ売れ残り扱いだ。
彼女もすっかり諦めモードだったようだが、俺の女になってから活力が増したようだ。
今は元気に日々の生活を送っている。
「リンドウの近況はどうだ?」
「はい。ブギー氏が管理する鉱山の開発は順調です。人口は増加傾向で、トパーズ氏が働く食堂は連日満席状態が続いています。また、観光客も増えています」
「おお! それは何よりだ」
人口の増加要因はいくつかある。
まず、ハイブリッジ男爵領全体に言えることだが、食糧が十分にあること。
食い詰めた他領の者がやって来るのだ。
第三採掘場の統括を務めているケフィもそのパターンだな。
次に、労働環境が整ったホワイトな鉱山が存在するという事実が広まりつつあること。
腕力には自信があっても戦闘は苦手、というような者たちが鉱山で働くためにやって来る。
西の森の端っこの方からは木々の伐採作業も進めているので、腕力自慢の需要は高い。
そしてもちろん冒険者も訪れてきている。
西の森で魔物の掃討作戦を実行しているからだ。
領都であるラーグの方が拠点としてやや人気だが、リンドウに拠点を置く冒険者も少なくない。
こうして発展を続けるリンドウの街に金の匂いを嗅ぎつけて、商人たちも訪れるようになっている。
あとは、温泉という観光スポットを開発すれば、さらに人の流入は加速するだろう。
それ以外にも、いくつかの方策を暖めているし、ラーグやリンドウを始めとするハイブリッジ男爵領の未来は明るい。
「しかしそうなってくると、治安が不安だが……」
「今のところは問題ありません。ヤックル氏が率いるリンドウ治安維持隊によって、街は平穏に保たれております。ハイブリッジさまが心配されていた、キサラ氏もマジメに働いておりますよ」
「ふむ。ならばいいのだが」
「はい」
俺は一安心する。
領主としては、領民の安全と幸福を一番に考える必要がある。
「ところで、今日は温泉にご入浴とのことでしたが……」
「おう。準備はできているのか?」
「もちろんです! いつでもご案内できますよ」
「そうか。では早速入らせてもらうとしよう。案内してくれ」
「かしこまりました!」
俺の言葉に、アビーは嬉しそうに返事をする。
温泉は、まだ開発途中だ。
一般客には開放されていない。
だが、未整備ではあっても浸かることぐらいはできる。
少し前には、リン、ロロ、ノノン、キサラ、トパーズたちとも一緒に入ったものだ。
あれからさらに整備が進められている。
違った雰囲気の温泉を堪能できるだろう。
「キサラ氏とトパーズ氏をお呼びしましょうか? もしくは、私がお背中をお流ししても……」
「気持ちはありがたいが、今回は不要だ。見ての通り、家族だけで来たからな」
「そ、そうですか……。残念です」
アビーは本当に残念そうだ。
すまんな。
「まぁ、いずれは頼むこともあるだろう。そのときまで待っていてくれ」
「はい!」
「じゃあ、行こうか」
「こちらへどうぞ」
アビーが先導してくれる。
俺の妻たちは、その後ろからついてくる形だ。
ミティ、アイリス、モニカ、ニム、ユナ、マリア、サリエ、リーゼロッテの8人である。
そして、蓮華とレインもいる。
彼女たち二人は、厳密には俺の妻ではない。
だが、通常の加護も付与済みだし、実質的には家族のようなものだ。
「ふむ……。温泉でござるか。拙者も祖国ではよく入ったものでござる」
「ほう? ヤマト連邦には温泉があったのだったか」
「うむ。山々に囲まれた土地ゆえ、温泉が多いのでござるよ」
「なるほどなぁ~。ぜひとも入ってみたいものだ」
「そう焦らずとも、どうせ近い内に任務で――むぐっ!?」
蓮華が口を滑らせかけたので、俺は慌ててその口を塞いだ。
中指を口の中に突っ込み、万が一にも声が漏れないように妨害する。
俺たちミリオンズがヤマト連邦に向かうのは、秘密なのだ。
ルクアージュから中型船で堂々と出発したベアトリクスやシュタイン。
それに対して、俺たちミリオンズは古都オルフェスから隠密小型船で出発することになる。
今はオルフェスにて船を建造中のはずだ。
王家からの手紙によると、工程にやや遅れが生じているらしいが。
まぁ、準備を整えつつ待っていればいいだろう。
「あの……ハイブリッジさま? どうかされましたか?」
アビーが立ち止まり、不思議そうな顔で振り返る。
彼女には加護(微)を付与済みだし、それなりに信頼できる。
だが、秘密というのは可能な限り広げない方がいい。
どこから漏れるか分からないからな。
「なんでもないんだ。気にしないでくれ」
「はぁ……。でも、あの……」
「ん?」
「蓮華様の目がトロンとしてますが……。さすがにここでは始めない方がいいと思います」
アビーがそう指摘する。
しまったな。
蓮華の口を俺の中指が蹂躙してしまったせいで、変なスイッチが入ってしまったようだ。
「すまんすまん。蓮華、しっかりしてくれ」
「あふぅ……。たかし殿、もう少しだけ……」
「ダメに決まってるだろ! ほら、行くぞ!」
「あっ! 待つでござるよ!」
俺は蓮華の手を引いて、歩き出す。
背後から他の妻たちの視線を感じつつ、温泉に向けて進んでいくのだった。
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